更新日 2014年08月17日
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植民地
植民地とは

1750年と1850年の間に英国(黄色)・スペイン語(赤)・オランダ(緑)船舶の日誌からの位置情報
新旧の世界の間に熱心と頻繁に旅行でしたが、スペインは南北アメリカの両方を頻繁にしながら、オランダ(とカリブ海地域)南に主に立ち往生、と英国がはるかに焦点を当てたことを教えてくれる。
機械翻訳(http://spatial.ly/2013/06/updated-colonial-shipping-routes/)
植民地の統治形態には、以下のものがある。
  • 1.領事裁判権や租借地・租界設定条約による治外法権の確立。
  • 2.外交権や駐軍権のみを獲得し内政は先住民による統治に任せて原則として干渉しない保護領。
  • 3.現地の王侯や部族長を通じて支配する間接統治。
  • 4.本国から総督や民政長官、軍政長官などを派遣して支配する直接統治。
  • 5.本国が外交と防衛のみを担当し内政は現地住民によって民選された政府・議会に委ねる自治植民地。ただし「自治」とはいっても、参政権は本国出身者に限定されたり、先住民の参加を認めても公用語(本国の言語)習得や一定額以上の納税などの条件を付けて、事実上の参政権が著しく制限されることが多い。
  • 6.自国領への併合(この場合も従来の現地住民について、市民権や国籍上の地位に区別が設定されたり、併合領土での立法・行政権など統治形態が異なることがある)
一般的に植民地統治が継続する中で1.あるいは2.から4.までの変遷をたどるケースが多いが、植民地が本国に隣接している場合、最終的に本国領土の一部として編入され、その過程で先住民も同化が進み、固有の言語や文化、民族意識を失っていく傾向にある。
植民地における主権は領有国が有するが、特殊な形態として保護国、租借地や租界、複数国による共同統治領、国連の委任統治領や信託統治領などがある。
植民地獲得の動機・要因には、主に以下のようなものがある。
  • 本国に隣接した地域への領土拡大
  • 本国民を移住させるための開拓地獲得
  • 宗教的使命による布教地拡大
  • 本国や既得植民地、海上交通路の防衛のための要塞や緩衝地確保
  • 天然資源や労働力、市場の確保
  • 他国の植民地とされる前に勢力圏として確保
植民地が本国に隣接している場合、最終的に本国領土の一部として編入され、その過程で先住民も同化が進み、固有の言語や文化、民族意識を失っていく傾向にある。
大航海時代と植民地の関係
大航海時代とは?
イギリスで産業革命が起きた要因
イギリスでは、産業革命以前、羊毛製品の製造が盛んでした。
しかし、18世紀になるとイギリスの織物製造の中心がウールからコットンに変わっていきます。そのきっかけを与えたのはインドでした。17世紀から18世紀頃、イギリスはインドから、お茶や綿布を輸入していました。その輸入品のなかに手織りの綿織物もありましたが、これがイギリスで大ブームとなりました。着心地がよく軽くて、柄もきれいだったため、一気に普及したのです。
あまりにブームになりすぎて、イギリス本来の羊毛製品が売れなくなるほどでした。それに脅威を感じた羊毛業者がインド綿布の輸入禁止を政府に働きかけ、禁止措置をとりました。
ところが、一度インド綿布のよさを知ってしまったイギリス人は、輸入ができないなら自分たちでつくろうと立ち上がります。それが、綿製品の大量生産をもたらす産業革命のきっかけになったと言われています。