更新日 2017年09月22日
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慰安婦問題 西岡力 歴史実行委員会
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西岡力 西岡力の主張です。
すべては朝日新聞の捏造から始まった
たしかに「慰安婦」という人たちはいました。しかし、「慰安婦問題」というのはありませんでした。「問題」というのは現代になっても解決せねばならないことがあるかどうかということです。
世界には貧困のために不幸にして自分の性を売らなければならなかった人たちは、歴史的にも、現在にもたくさんいます。そういうこととは別に、日本が国家として権力を使って慰安婦に強制的に性を売らせたということがあれば、それは問 題です。もし、そういうことがあれば「慰安婦問題」となるでしょう。しかし、 なかった。ですから「慰安婦」はいたけれども「慰安婦問題」はなかったという のが真実です。
では、そのないはずの「慰安婦問題」がいつから出てきたかと言えば、一九八○年代からです。韓国の政権はずっと反日だったと言いますが、一番激しい反日だったのは李承晩政権です。反日と反共を国是としていて、そのため李承晩政権は 日本と国交正常化しなかった。そして、日本に対して多額の賠償請求をしていま した。
その李承晩政権ですら、外交交渉の場で「慰安婦問題」を持ち出したことは一度もありません。その時代の人たちは「慰安婦」の存在は知っていましたが、それを「問題」化して外交交渉の場に持ち込めるとは思っていなかったのです。
李承晩政権が日本に要求していたのは、徴用された人と徴兵された人たちの補償と未払い賃金です。徴用と徴兵というのは権力によるものですから、外交交渉で補償を求めるのは当たり前です。
すべては八二年から
しかし、いわゆる「強制連行」というものについても、官斡旋や自由募集については補償を求めていなかった。
そもそも李承晩政権が日本政府に過去の清算としての要求を網羅的にあげた「対日請求要綱」の中でも「強制連行」という言葉は使われていません。この言葉も当時、なかったものです。
そして「慰安婦問題」についても、「対日請求要綱」の中にはまったく出てきません。
李承晩政権は反日だから、日本と国交正常化しない。日本からの援助は一切求めない。本当の反日というのはこういうものでしょう。
そして、朴政煕政権になって、植民地支配に対する反感はあるけれども、いまは反共が大義であってアジアの自由主義陣営は団結すべきだという立場から、日韓国交正常化をしたわけです。日本も釜山に赤旗を立ててはいけないということか ら大規模に援助した。
その後、一九六五年から八二年までの間は、歴史問題を理由にした反日デモが起きたことはないし、歴史問題で外交交渉をしたこともありません。すでに清算はすんでいますから当たり前です。
韓国は反日で、ずっと「慰安婦問題」について言ってきたような印象がありますが、そんなことはない。すべては八二年から始まっているのです。
きっかけは朝日の大誤報
はなぜ、八○年代になって「慰安婦問題」が出てきたのか。それは、一つに戦争中のことを知らない世代が出てきたということがあります。
そしてもう一つ、九八二年の第一次教科書問題があります。
日本の教科書が「華北への侵略」を「進出」と書き換えさせられたという朝日新聞の大誤報があり、それを韓国の新聞が引用する時に「中国・韓国への侵略」と追加の誤報をしました。
当時、全斗煤政権は日本に六十億ドルの経済協力を求めていたのですが、それは安保経済協力と言っていました。共産主義陣営の南下を押さえて、韓国が日本の安保の砦になっているから、韓国の軍の近代化費用の三分の一くらい日本が持て という論理です。それは日本は呑めないと断って膠着状態になっていました。
そんな時に新聞の大誤報があって、中国共産党政権が先にそれを取り上げた。それを見て斗煤政権が歴史問題を使えば日本を追い込むことができて、協力を取り付けることができると考えたわけです。
ここから、全斗換政権が中国共産党と手を組んで、日本批判をして援助をとるという対日歴史糾弾外交を始めます。そして日本発の根拠のない反日の題材を韓国と中国の政権が外交交渉に使うという構造が始まったのです。 これは私の師である田中明先生の意見ですが、全斗換政権以降の韓国の反日とい うのは「引き奇せる反日」です。反日、反日と言いながら、金やモノ、技術をくれと言う。歴史を外交のカードにし始めたのです。
しかし、このような八二年の状況の中でも「慰安婦問題」は出ていませんでした。
一九八三年に今日の「慰安婦問題」のきっかけとなる吉田清治という人が書いた『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行』という本が出ます。この中で、昭和十八年に韓国の済州島で、日本の軍人が赤ん坊を抱いたお母さんや若い未婚の女性を狩り立 てトラックで連行したという、いま一般に流布している「強制連行」が初めて出てきた。
私は八二年から八四年までソウルに住んでいましたが、その時、吉田清治は韓国のテレビに出演して、自分の戦争犯罪を謝ったりしていました。しかし、それほど韓国では大きな問題になっていませんでした。
吉田清治がテレビに出た後、私は街に出て知り合いの食堂の女の子たちと話をしました、女の子たちにあのテレビを見たかと訊ねたら見たと言う。そして、「我々韓国人にとっては謝ってくれてありがたいけれど、あの人は帰国して大丈夫な んですか?外国に来て自国の悪口を言ったらよくないでしょう?帰国したら袋叩 きに合うのではないか」と言っていました。
それぞれの国がそれぞれに愛国心を持っているのだという、当時の韓国人には当たり前のバランス感覚があったのです。
戦争中を知っている韓国の年寄りは「慰安婦問題」で日本を責められると思っていないし、若い人たちも常識があるので日本にまで行って裁判を起こすというのはおかしいと思っていたのです。
一九八九年に吉田清治の本は韓国で翻訳出版され、これを読んだ韓国の済州新聞の女性記者がその本に出てくる日時と場所について現地取材をします。すると、吉田の証言は全くのデタラメであることが判明し、女性記者は吉田証言を全面的 に否定する記事を書いています。
八二年の第一次教科書問題の後、在日朝鮮人の指紋押捺の問題、韓国の大統領が来日した際の天皇陛下の謝罪のお言葉の問題があり、そういう中で九二年に宮沢首相が訪韓することになりました。
朝日記者の裏の顔
その宮澤首相訪韓の二年前、大分県に住んでいる青柳敦子という一主婦が韓国に行って「原告募集」というビラをまきます。私はこの主婦に実際に会いましたが、「強制連行された人たち、慰安婦だった人たち、日本を相手に裁判をしません か。費用は全部私がもってあげます」という内容です。
その主婦は韓国では「原告」に出会えなかったのですが、帰国後、国際電話がかかってきて「やりたい」という人が出てきました。最初は徴用された人たちの遺族でした。しかし、徴用された人たちの遣族が裁判を始めたら、それをテレビで 見ていた元慰安婦の金学順というおばあさんが私も出たいと言ってきたのです。
一方で、韓国では全斗換政権以降、対日歴史糾弾外交を進める中で、十年間教育を受けてきた人たちがいます。その人たちは日本の植民地時代について、事実を知っている人からすればバランスを欠いた、まるで暗黒の時代であったかのよう な印象を持っている。そういう若者たちは、日本の軍隊が突然、村に現れて十代 の少女を強姦して連れていったというイメージをすんなり受け人れてしまいます。
そういう中で、日本から火をつけた裁判が始まり、慰安婦だったと名乗り出る金学順さんが出てきたのです。 しかし、この金学順さんは四十円でキーセンに売られた人だった。つまり、強制 的に連れて行かれた人ではなかったのです。
ここで問題なのは、この金学順さんのことを最初に報道したのは朝日新聞だったということです。朝日新聞の植村隆記者が、世界初のスクープとして報じました。
一九九一年八月十一日付の朝日新聞(大阪版)は、金学順さんの名前はまだ出していませんが、「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人が 」名乗り出たと報じたのです。
ここには金学順さんが「身売り」だった事実が書かれていない。金学順さんが日本政府に宛てた訴状には「十四歳の時に四十円でキーセンに売られた」とはっきり書いてあるのにです。
韓国の一番左派のハンギョレ新聞でさえ、「生活が苦しくなった母親によって十四歳の時に平壌にあるキーセンの検番に売られていった」とはっきり書いてあります。
植村記者は韓国語もできるので、当然、こういう事実を知っていたはずなのに、わざわざ書かなかった。
さらに提訴後の記事の見出しには、「従軍慰安婦にされた朝鮮女性、半世紀の『恨』提訴へ」、「問われる人権感覚 制度の枠超え真の補償を韓国人従軍慰安婦の提訴」と打ち、朝日新聞は「わずか 十七歳で慰安婦にさせられた」という大キャンペーンを展開した。
最初の朝日新聞のスクープは、金学順さんが韓国で記者会見する三日前です。なぜ、こんなことができたかというと、植村記者は金学順さんも加わっている訴訟の原告組織「太平洋戦争犠牲者遺族会」のリーダー的存在である梁順任常任理事 の娘の夫なのです。つまり、原告のリーダーが義理の母であったために、金学順 さんの単独インタビューがとれたというカラクリです。
いま、テレビ番組「あるある大事典?」の捏造が問題になっていますが、朝日新聞の最初の報道はただ部数を伸ばすためだけでなく、記者が自分の義母の裁判を有利にするために、意図的に「キーセンに身売りした」という事実を報じなかっ たという大犯罪なのです。
もう一つ、朝日新聞の大犯罪に、一九九二年一月十一日朝刊の一面トップで、「慰安所への軍関与示す資料」「政府見解揺らぐ」という見出しの記事を載せたことがあります。
これは吉見義明中央大学教授が防衛研究所で、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という資料を発見したという記事です。しかし、この資料はよく読んでみると、日本国内で慰安婦を斡旋する業者が人さらい紛いのことをしているが、それ は「軍の威信」に関わるから業者の選定を厳しくせよ、という「業者を取り締ま る」内容です。
軍は関与しているのですが、それは業者が軍の名前を騙って「強制連行」するな、といういわばよい方向に関与していたのです。
事実確認前の「加藤談話」
このような金学順さんの提訴、朝日新聞の金学順さん「身売り」の事実隠し、同じく朝日新聞の「慰安所への軍関与」という捏造記事という流れの中で、まず、当時の加藤紘一官房長官が「お詫びと反省」を発表し、謝ってしまった。一九九 二年一月十三日です。
事実を調べる前に、まず謝った。
そして、宮沢首相が十七日に訪韓し、盧泰愚大統領に八回も謝りました。
その後、私は「文塾春秋」の取材で、外務省の北東アジア課の担当課に面会を求め、こう訊ねました。
「宮沢首相は、権力による強制連行があったということを認めて謝罪したのか。それとも、当時、日本にもたくさんいた貧乏のために身売りされた人たちの悲劇に対して謝ったのか。どちらなのか。もし、後者だとすれば、日本人で吉原で働 いていた人たちに日本政府がなぜ謝らないのか」と。
すると、担当者は「それは、これから調べる」と言ったのです。
「では、吉田清治の証言については、外務省はどう思っているのか」と訊ねたら、「これから調べることだけれども、加害者が嘘をつくことがありますかねと言う。
問題なのは、「これから調べる」ということについて、加藤官房長官、宮沢首相が先に謝ってしまったということです。
韓国の一般の人たちは、大新聞である朝日新聞が報道し、テレビが毎日のように報道し、日本の総理が韓国に來て謝ったわけですから、そんな事実があったと思ってしまう。年寄りの人たちが「慰安婦は問題にできない」と言っても、そちら のほうが説得力がなくなります。
韓国のテレビドラマでは、平和な村に憲兵など(憲兵というのは軍を取り締まる役割ですから、なぜ憲兵なのかわからないが)が現れて十代の女性を強姦し、ジープに乗せてさらっていったという内容のものが流されました。戦前を知らない 人たちは、あたかもそれが事実であるかのように受け取ります。
その当時、十二歳で慰安婦にさせられた人がいたと韓国の新聞が報道しました。彼女は勤労挺身隊で日本に働きに来た人です。その彼女を送り出した教師が自分が送り出した子たちの何人かが終戦後、帰ってこないのでどうなったかと手紙を 出して調べたら、京城に戻らないで田舎に行き全員無事だった。それを韓国の新 聞が、「十二歳の少女も挺身隊に動員された」という記事にしたのです。
金学順登場の闇
当時、韓国では「挺身隊」=「慰安婦」となってしまっていた。ですから、十二歳の少女まで性奴隷にしてけしからん、と韓国人は怒ったのです。
私はその記事を書いた記者に会いに行って「あなたは勤労動員だと知っていたでしょう?なぜあなたの記事に勤労という言葉が一言もないのか」と聞いたら、彼は「この問題には闇がある。だから私はこの問題はもう書かない」と言う。
彼は「最初はけしからんと思って調べた。インタビューもたくさんした。すると、連れて行かれた後、ひどい目にあったという話は皆、たくさんする。しかし、どう連れて行かれたのかという話になると、はっきりとしたことを言わない。よ く聞いてみると女衒が絡んでいる。当時の朝鮮の農村に日本人が入れたと思いま すか?」と言うのです。
そして、彼は「だんだん調べていくうちに、戦争であれば起きるようなことなんだなあと思った」と言うのです。つまり、「慰安婦」に接見すると「強制」ではないことがよくわかるのです。
また、金学順というおばあさんがなぜ出てきたのか、ということにも闇があります。日本のテレビ局が何度も金学順さんにインタビューした時に、日本語のわかる女性コーディネーターが金さんにつきました。
私はそのコーディネーターの女性に会って話を聞いたのですが、彼女が「おばあちゃん、なんで出てきたの?」と聞いたら、金学順さんは「寂しかったんや。親戚も誰も訪ねてこない。食堂でテレビを見ていたら、徴用された人が裁判を起こ したと報じられていたから、私も入るのかなと思った」と言ったそうです。
このようなおばあさんに接した高木健一弁護士は当然、その話を聞いているのですから、「あなたは当てはまりません」とか「出ないほうがいいですよ」とかアドバイスしてあげるのが本当ではないでしょうか。相手は純粋な田舎のおばあさ んです。何もわからない状態なのです。しかも金学順さんは率直な人だから、訴 状にも「キーセンに四十円で売られた」と最初は書いているのです。
しかし、私が『文藝春秋』でそのことを指摘した後は、金学順さんは「キーセンに売られて中国に連れて行かれたのだけど、業者の人と北京の食堂でご飯を食べていたら日本の軍人が来て連行された」と証言を変えたのです。
秦郁彦さんが済州島に取材に行く前に私のところに電話がかかってきました。その時、金学順さんの弁護士である高木健一氏にも電話をして、「西岡さんがキーセンに売られた人だと書いているじゃないか」と言ったそうです。すると、高木 は「あれは玉が悪かった」と言ったという。そして、「今、次のいいのを準備し ている」と一言ったという。とんでもない話です。
本当に韓国人女性のことを思っているのなら、日本から賠償をとれるかどうか本気で見てあげて、恥をさらさないようにしてあげるべきです。金学順さんのように、一度表に出てきてしまった人は、韓国社会にも偏見がありますから、そうい う目で見られる。すると、出てきた人はとにかく「強制された」と言わざるを得 なくなるのです。
思い出したくない自分の履歴を公開し、日本の反日運動家に利用され、批判され、それによって証言を変えると嘘をついているんじゃないか、と言われる。二重、三重に名誉を傷つけられ、引きずり回されたのが金学順さんなのではないかと 思います。
朝日新聞に一番問いたいのはこの点です。弱者の立場に立つと言いながら、弱者を貶めているのです。女性の人権を守ろうというのではなく、朝日新聞は単に日本が悪ければいいのです。
韓国の調沓でも事実はない
私が『文塾春秋」で書き、秦郁彦さんが済州島で取材をし、さまざまな事実が発掘されて、朝日新聞が「強制」と主張する根拠がなくなりました。後に残っている手段としては「慰安婦」の人たちの聞き取り調査です。
聞き取り調査が事実を証明するためには裏付けが必要です。人間の記憶というのはいい加減なものですから、たとえば「挺身隊という制度で連行された」と彼女たちが言えば、「挺身隊というのはそういう制度ではありません」とか、「今は 挺身隊という言葉がありますが、当時はそういうふうには言っていなかったんじ ゃありませんか」と確認し、記憶を呼び起こしてもらわなければいけない。
そういう聞き取り調査をしたのは、政府も含めて日本人にはいません。やったのは韓国の学者です。
韓国のソウル大学の韓国史学者として著名な安乗直教授(現名誉教授)がキャップとなって挺身隊研究会というプロジェクトができ、当時「慰安婦」として名乗り出ていた四十数人の人たちに本格的な聞き取り調査を行いました。
その後、安教授らは調査の結果を「証言集」として本にまとめますが、その中にこう書いています。
「調査を検討するにあたってとても難しかった点は、証言者の陳述が論理的に前と後ろが合わない場合がめずらしくなかったことだ。このような点は、すでに五十年近く前のことであって記憶の錯誤から来ることもありうるし、証言したくな いことを省略したり適当にまぜこぜにしたりすることから来ることもありうるし 、またその時代の事情が我々の想像を超越するものかもしれないという点もあった。
この中でも調査者たちをたいへん困難にさせたのは、証言者が意図的に事実を歪曲していると感じられるケースだ。我々はこのような場合に備えて、調査者一人一人が証言者に人間的に密接になることによってそのような困難を克服しようと 努力し、大部分の場合に意図した通りの成果を上げはしたが、ある場合には調査 を中断せざるを得ないケースもあった。このような場合は次の機会に再調査する ことを約束するしかなかった」
九二年、九三年に日本が謝罪している最中でも韓国の学者は、「意図的に事実を歪曲していると感じられるケース」があったと書いているのです。
これは四十人を対象にしている調査でしたが、本にまとめることができたのは十九人でしかなかった。半分以上の人ははじいたのです。しかも、その中でも自分で「強制」だったと言っている人はたった四人です。四人のうち、一人は韓国の 釜山で「強制」され、もう一人は日本の富山県で「強制」されたと言っている。 しかし、戦地でない所に軍の「慰安所」はありませんから、それだけでこの証言 がおかしいことがわかります。
後の一人は、日本政府を相手どった裁判で訴状を出しているのですが、訴状ではいずれもキーセンなどとして「身売り」されたと書いている。つまり、過去の証言と違うことを、言っているのです。この二人の証言者のうち、一人は金学順さ んです。
この「証言集」と日本政府が行った聞き取り調査とは、だぶっている部分もあります。しかし、日本政府は誰に聞き取り調査を行ったかということを明らかにしていません。
安教授の行った聞き取り調査の「証言集」を韓国の外務省の課長が日本の外務省の課長に「これに全部入っています」と、いわばお墨付きで渡しています。韓国が自信を持って渡した「証言」でさえ、このようなものです。
そして、吉見教授も和田春樹教授さえも、朝鮮人に対する公権力による強制連行は証明されていないと、後に話してもいますし、書いてもいます。
役人が国を滅ぼす
加藤紘一官房長官が謝罪をし、宮沢首相が謝罪をした後、韓国で「慰安婦問題」が過熱する中で、私はまだ道があったと思います。
「誤解である。調べてみたけれど権力による『強制連行』というものはなかった。ただ慰安所というものがあって、貧困に窮する人たちが業者によって人身売買させられたということはあった。そのような人権侵害については、道義的な責任 は感じるし、当事者に対しては同情もする」と言えばよかったのです。
ところが、政府は日本の反日勢力が作り上げた嘘を訂正する努力をしないで、それに迎合するような談話を作って謝罪をし、問題を先送りした。これが一九九三年八月四日に出された河野洋平官房長官による通称「河野談話」です。
頭のいい役人というのは全くすごいことを考えます。韓国との関係上、「強制」は認めたほうがいい。しかし そういう「事実」はない。どうするか。
そこで彼らは「強制」の意味を広げればいいと考えました。つまり、「権力による強制」ではなくても、「本人の意志に反したことは強制」だとした。
本人にインタビューすると皆、ひどい目にあったと言っている。だから、「本人の意志に反して」慰安婦になったことを「強制」とし、定義を拡大したのです。「本人の意志に反して」貧乏な家に生まれ人身売買されたかもしれないし、「本 人の意志に反して」女衒にかどわかされたかもしれない。しかし、「本人たちの 意志に反して」慰安婦となったなら「強制」と解釈するということです。これが 安倍総理が今言っている広い意味での「強制」です。
しかし、公権力による組織的な「強制」はなかったという事実がある。本当ならば、この事実も「河野談話」に明記すべきでしょう。
安倍総理は、「家まで乗り込んでいって人狩りをするような『強制』は証明されていません」ときちっと言っています。「河野談話」を継承すると、言っている中で、安倍総理はギリギリのことを言っているのです。
政府は新しい談話を出す前であれば、前の談話を踏襲しなければなりません。「加藤談話」があり、「河野談話」があったのですから、「塩崎談話」「安倍談話」があってもいい。しかし、まだ談話を出す前ですから、政府見解を引き継ぐと 言っているのです。
私は「河野談話」を読んだ時、「強制」の定義を拡大したのだと感じましたが、まだ片足は土俵に残っていると思っていました。
しかし、「河野談話」の中には、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意志に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担 したこともあったことが明らかになった」という一文があった。
これは権力による「強制」を認めたことになるのではないか。安倍総理が今言っ ている狭い意味での「強制」もあったとこの談話は認めたことになるのではないか。そこを政府はきちんと説明しなければいけないと思います。
「河野談話」が出て五年くらいたった時、中川昭一さんが会長となった「日本の歴史教育を考える若手議員の会」が「慰安婦問題」の検証作業をしました。私も出席していたのですが、外政審議室の人が出てきていたのでその人に、「この『 河野談話』の官憲等という記述は何なのか。この記述が問題だと思う」と言った ら、「これはインドネシアにおけるオランダ人を慰安婦にした事例だ」と言う。
調べてみると、数カ月ですが本人の意志に反してオランダ人を慰安婦にした事例がありました。しかし、その軍人らはインドネシア駐留軍の上部から軍規違反で処罰され、慰安所は閉鎖になった。処罰されたということは、組織として「強制 」していないということです。しかも戦後、その軍人らはBC級戦犯として死刑な どになっています。
よくよく調べてみると、こういうインドネシアのオランダ人の事例が一件あった、しかもそれは戦争犯罪だったということですが、この一件しかなかったのだと談話には明記すべきでしょう。
「慰安婦」の人たちに人権があるように、当事の官憲にも人権はあります。たっ た一つの事例であたかも官憲が組織だって「強制」したかのように受け取られ のは、官憲の人権侵害です。
「河野談話」の中では、「官憲等が直接これに加担したこともあった」という記述からわざと段落を変え、「なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が人きな比重を占めていたが、(中略)総じて本人 たちの意志に反して行われた」と書かれています。つまり、朝鮮半島の事例につ いては広義の「強制」としか書かれていない。
役人の考えることというのは全く恐ろしいもので、宮沢首相が謝ったことをおかしいと言われないように、しかし証拠が出ていないことを認めないように、どちらから攻められてもきちんと答えられるようにしておきながら、問題は先送りし ている。こういう秀才が国を滅ぼすのです。
政府一体で全カ対応を
その後、左翼が国連の場にこの問題を持っていき、国連の人権委員会に吉田の証言などが引用されることになる。日本は国連加盟国なんですから、きちんと公式に反論すればいいのにそれをやっていません。ですから、国連の公式文書で「性 奴隷」があったということになってしまっています。
そしてそれがアメリカに飛び火しました。アメリカの華僑と在米韓国人の反日ネットワークがこの十年くらいの間にできていて、その後ろには韓国の左翼政権と北朝鮮と中国共産党がいます。そしてバウネットに代表される日本の反日勢力と の連携がついている。
今回のアメリカ、下院の決議について言うと、事実が証明されていないことについて、アメリカの保守派までもが誤解をし、決議がされようとしているのに、加藤大使は決議を通さないでくれと根回しをしてはいるが、事実に踏み込んだ説明 はしていません。
「日本は歴代の総理が謝っているということに対する事実誤認がある」というお粗末なことを言っている。つまり、「謝ってない」と思われているのが事実誤認だと言っているのです。「河野談話」から「村山談話」、歴代の総理がアジア女 性基金にお金を出す時につけた謝罪の手紙を英訳して配っている。
こういう出先機関の対処では、「性奴隷」はあったけれども、謝ったのだから決議はやめてくれと言っているに等しい。
しかし、安倍総理は「慰安婦問題」の事情をよくご存知ですから、「狭い意味での強制はなかった」と言っているので、他国から見れば歴代の総理は謝っているけれども安倍総理から謝らなくなったということになります。そしていま、アメ リカのメディアで安倍攻撃が始まっている。
出先機関と安倍総理の発言がここまで食い違ってしまったら、ここは、やはり新しい談話を出して、国際的な誤解を解くべきです。
安倍総理はいま、「慰安婦問題」について単独で闘っていますが、行政の最高責任者なんですから、官邸にも外務省にも命令して、政府一体となって問題を先送りするのをやめて、国際的誤解を解くために全力をあげるべきです。