更新日 2014年08月17日
トップページ
阪神教育闘争
阪神教育闘争とは
1948年4月23日 大阪府と兵庫県で、在日朝鮮人と日本共産党により、民族教育闘争が行われました。子供たちの教育の問題を民族闘争にすり替えて、在日朝鮮人と日本共産党が、大阪府庁を数千人(7000人との説があります)で襲撃・破壊行為(テロ行為)・騒乱事件を起こしました。3000人の警察部隊が鎮圧を行い、約1800名が検挙されています。

デモ隊を鎮圧する大阪市警
阪神教育闘争 教育の問題を民族闘争にすり替えている。
1948年に日本でお住まいの在日韓国人の方で、お子さんをお持ちの方、ご自分のお子さんを日本語の学校で育てたいですか? それとも朝鮮語の学校で育てたいですか?
子供の教育環境を考えて選択する事が出来た筈です。日本国に留まり日本語で育てるか、朝鮮半島に帰えり朝鮮語で育てるかをご両親は責任を以て行動するべきだったのです。別な言い方で表すと、日本国内or朝鮮半島(1948年は朝鮮戦争前です。北朝鮮も韓国も存在していません)、田舎or都会、治安の良いor悪い地域、教育に熱心な地域or無関心な地域、豊かな地域or貧しい地域、親として子供を育てる環境に責任を以て選ぶべきでした。
闘争している親の姿を、子供に見せる事は間違いです。ましてや、子供をデモに参加させる事など大きな間違いです。親が子供に闘争のやり方を指導・教育する事になります。
『 教育 』と『 民族 』は全然別の問題です。ここに『 民族 』を持ち込むからいけないんです。論点に『 民族 』を持ち込んだ事で、全然別問題になりました。
阪神教育闘争は、日本国内に朝鮮民族の影響力を確保できる地域を獲得する為の闘争になっています。この闘争は個人個人の別々の判断で出来上がったのではありません。アンダーグランドで大きな力が働いていて起きた闘争です。
『施政者』としてこの問題に携わる場合は、アンダーグランドで働いている勢力を分析して、国益を考えて即断即決で強い態度で処理する事と、将来を見据えて深慮遠謀で緩やかに処理する事の、難しい判断を両方から同時に求められていました。(当時は、GHQ占領下で権力の空白状況であった。またその状況に付け込んで闘争を行っている。)
対立している相手は、より深い階層での深慮遠謀な戦略・実行をしていると考えるべきです。この様な状況が続いているから、現在の日本の外交が不利な立場に有り、後手に回っていて防御ばかりさせられているのです。
阪神教育闘争の背景
管理人:後日勉強して記入します 。
阪神教育闘争 GHQ(米国占領軍)が戦後唯一の「非常事態宣言」を布告
1948年(昭和23年)4月24日 在日朝鮮人と日本共産党が神戸知事と交渉した結果、神戸知事が学校閉鎖の撤回など5項目を認めます。これに対し、同日深夜、GHQは非常事態宣言を発令し、合意文書の無効を宣言しました。第8軍司令官アイケルバーガー中将が横須賀から急遽飛んできての、戦後唯一の『 GHQによる非常事態宣言 』です。そしてその後米軍の手によって、3日間で1732名が逮捕されました。そのうち136名が裁判に付され、39名が「運動の首謀者」として軍事裁判に付されています。15年の重労働が5名、12年1名、10年1名、5年以下の重労働が5名。重労働もさることながら、当時の在日朝鮮人は刑期を終えると韓国に強制送還される事に決まりました。