更新日 2014年08月17日
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杉原千畝 エピソード
日本に持ち帰った一枚の写真

1940年7月 日付は不明 杉原千畝が持ち帰った数少ない写真の一枚
1945年8月15日日本無条件降伏の2日後の8月17日に杉原千畝さんは家族と一緒にブカレストの収容所へ連行されました。
この時ソ連の兵士が「みんな持って行け。日本は負けたのだから何もないんだよ。」と言われ、荷物を詰めたトランクは30数個になりましたが、収容所を移動するたび荷物は取られ最後にはボストンバッグに詰めた身の回りものしか残りませんでした。
1946年12月にはオデッサの収容所に移動しました。この収容所でも検閲が行われました。本はすべて押収され、ライカや8ミリカメラなども全部取られてしまいました。
写真はアルバムからはずしまとめて隠していたのですが、見つかってしまい全部取られそうになったのですが、「子どもの思い出だから、子どもの写っているものは返してちょうだい」と言ってその場にある写真を適当につかみ取りました。
外交官としての公式な行事の写真やユダヤ人の写ったものなどはすべて取られてしまいましたが、しかし1枚だけ子ども達の写真に交じってカウナスの領事館で表に立っていたユダヤ人達の写った写真が残りました。
この写真が杉原千畝記念館にある 「 リトアニア領事館前でビザ発給を訴えるユダヤ人たち 」 です。
この写真が残ったのは奇跡でした!!