更新日 2014年08月17日
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朝鮮文化独特の思考様式『 恨 』(はん)とは?
非常に難しい『概念』である。例え話で説明してみよう・・
エスキモーの人達にとっての『雪』と、『恨』を比較して話を進めていこう。エスキモーの人達は日常的に『雪』に囲まれて暮らしている。『雪』を溶かし飲料水にしたり、硬い雪を積み重ねて住宅に利用して生活に役立てている。場合に寄って『雪』が危険な物に変わり、生命を失う事があり、重要な言葉となる事がある。それゆえに『雪』は多くの意味を持ち、細かく分類されて、生活の中で使われるようになってきた。エスキモーの人達は長い歳月をかけて生活の中から『雪の文化』を発達させてきたのである。
この『雪の文化』を、赤道直下のジャングルや砂漠で生活する人たちに伝える場合に、知識として伝える事は出来るであろうが、実際の生活体験として理解させる事はかなり難しいであろう。
朝鮮民族の『恨の文化』は、エスキモーの人達の『雪の文化』を同じように、違う環境で生活する民族には理解する事が難しい思考様式なのである。
このページでは、この難しい『恨の文化』をなるべく簡単に説明しようと思います。(管理人:簡単じゃないがアジアの近現代史を理解するには必修な概念・・・ボソ)
『恨』は、朝鮮文化独特の思考様式
朝鮮民族にとっての『恨』は、単なる恨みや辛みだけでなく、無念さや悲哀や無常観、あこがれ(虐げる側である優越者に対する)や妬み、悲惨な境遇からの解放願望など、様々な感情をあらわすものであり、この文化は「恨の文化」とも呼ばれる。
ベトナムも朝鮮半島と同じく中華と陸続きで、朝鮮と同じ様に約2000年に渡り朝貢・冊封体制に組み込まれて『属国』の扱いを受けてきた。しかし、朝鮮の様な『恨』の思考様式は存在していない。中華が重要な影響を与えたと仮定すると、ベトナムにも『恨』の文化が発生しているべきであるが、ベトナムには『恨』の思考様式は発生しなかった。
中華の影響が間接的な要因には成っていることは伺えるが、朝鮮民族の民族性・文化・政治・身分制度が『恨の文化』の大きな要因であることは間違いがないであろう。
『恨』の概念が出来上がった、朝鮮半島の状況
朝鮮民族にとって『恨』は、単純な「恨み」や「妬み」ではなく、強く激しい「恨み」や「妬み」があり、適えられる事の無い「あこがれ」や「嫉妬」の感情が複雑に絡み合った精神状態を表わすものと言われている。
朝鮮民族に『恨』の感情が形成されたのは、時の権力者の不当な厳しい支配や、両班の厳しい暴力的な略奪行為が数世紀の長いあいだ繰り返されて来た事が大きな要因には成っている。さらに中華民族による侵略・略奪が繰り返されて来た事や、約2000年のあいだ冊封体制(属国支配)による朝貢が義務付けられてきた事も要因である。
しかし、世界の歴史の中で、不当な支配や略奪を受けた事が無い国や民族は存在しないであろう。過去の歴史を辿れば大なり小なり一度以上は経験をしている制圧と屈辱なのである。これらの制圧と屈辱を経験した民族が、必ずしも、朝鮮民族のような屈折した『恨』の感情も持つとは限らないのである。
朝鮮民族と他の民族の違いは、問題を解決するための「警察制度」や「裁判制度」が腐敗して機能しなかった事にある。そして、「精神的な救済」を諭す「宗教」が存在しなかった事も朝鮮民族の不幸な歴史になっている。
そして、その苦しい感情は解放される事が無く、「夢」や「希望」が存在しない、永遠に続く闇の中に閉じ込められた空しい状態を『恨』と言うのであろう。
朝鮮半島に『恨』の概念が出来上がった要因を大雑把に分類すると、下記の様に分類できるだろう。
個々の要因で、世界の地域・民族のそれぞれの歴史の事例と比較しても、朝鮮半島の事例は厳しく過酷であった事が判ってくる。それらの要因が重複され、又はすべての要因を含み、終わりの無い苦悩が続くのが朝鮮半島の『恨』と考えれば理解しやすいであろう。