更新日 2014年08月17日
トップページ
朝鮮文化独特の思考様式『 恨 』(はん)
「朝鮮半島」 賄賂文化で警察・司法制度の崩壊
『 警察・司法の崩壊 』と書いているが、下記を読んでいくと最初から「警察」や「司法」が存在していなかった事が判ってくる。警察官も裁判官も『役人』だが、役人の殆どが『略奪者』となっている事がわかる。
李氏朝鮮時代の識字率は6%位と言われている。略奪の被害者達は文字を書く事が出来ないので、歴史資料として「役人の不正」を書き残す事が出来でいない。読み書きが出来る両班は自らの悪行を記録として残す事はしないであろう。朝鮮半島の歴史資料は中国や日本に残っている事が多く、李氏朝鮮末期に朝鮮半島を訪れた旅行者・報道者・宣教師などの外国人が書き残した書物にも記録として残っている。
下記で李氏朝鮮末期に朝鮮半島を訪れた外国人の書き残した資料を基に書かれた書籍を数冊紹介しているので、当時の役人達の不正を理解するのに役立ててほしい。
クロード・シャルル・ダレ『朝鮮事情・朝鮮教会史序論』より

クロード・シャルル・ダレ『朝鮮事情・朝鮮教会史序論』
『朝鮮事情・朝鮮教会史序論』1874年パリで刊行 マリ・ニコル・アントン・ダブリュイ主教が情報を収集し提供した。
「朝鮮の貴族階級は、世界でもっとも強力であり、もっとも傲慢である」
「朝鮮の両班は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとく振る舞っている。大両班は、金がなくなると、使者をおくって商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄され、食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。両班のなかでもっとも正直な人たちも、多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつてないからである。彼らが農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令は、一人もいない。」
「両班が首尾よくなんらかの官職に就くことができると、彼はすべての親戚縁者、もっとも遠縁の者にさえ扶養義務を負う。彼が守令になったというだけで、この国の普遍的な風俗習慣によって、彼は一族全体を扶養する義務を負う。もし、これに十分な誠意を示さなければ、貪欲な者たちは、自ら金銭を得るために様々な手段を使う。ほとんどの場合、守令の留守のあいだに、彼の部下である徴税官にいくばくかの金を要求する。もちろん、徴税官は、金庫には金が無いと主張する。」
「すると、彼を脅迫し、手足を縛り手首を天井に吊り下げて厳しい拷問にかけ、ついには要求の金額をもぎとる。のちに守令がこの事件を知っても、掠奪行為に目をつむるだけである。官職に就く前は、彼自身もおそらく同様のことをしたであろうし、また、その地位を失えば、自分もそのようにするはずだからである。」
「今日のような朝鮮の両班階級が成立して以来、既に16、17世代を数える。当初から両班の数はかなりのものであったうえに、その後、驚くべき比率で増加し、現在、この国の大きな災厄になっている。何故なら、両班階級の人口が途方もなく増加したため、彼らのほとんどが極貧に陥り、強奪や搾取で生活しなければならなくなったからである」
「朝鮮の大官達の心は、金を集めて自分達の目を楽しませる時だけ喜びます。この事を心得ている門客は、訴訟中のあらゆる人々、あらゆる罪人、あらゆる下級職の野心家を探しあて、自分達の取り分として十分に金を取り、権力にとりなしてもらわねばならない主人のために更に多額の金を用意させたのちに、彼らの仲介役を買って出てひいては保護を約束します。1度金を払えば、彼の助けによって田舎者でも大博士となれ、両班となれ、また罪人も無罪となり、泥棒が司法官にさえなれます。一言で言って門客と金さえあれば、取り除く事のできない障害もなく洗い落せない汚れもなく、無罪を証明できない罪もなく、首尾く偽って立派に仕立て上げられない恥辱もありません」
イザベラ・バード『朝鮮紀行』より

イザベラ・バード『朝鮮紀行』講談社学術文庫
イザベラ・バード(Isabella Lucy Bird, 結婚後はIsabella Bird Bishop夫人, 1831年10月15日 - 1904年10月7日)はイギリスの女性旅行家、紀行作家。
「朝鮮の災いのもとのひとつに、この両班つまり貴族という特権階級の存在がある。両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥じとはならず、妻がこっそり よその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。両班は自分では何も持たない。自分のキセルですらである。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、大勢のお供をかき集められるだけ かき集め引き連れていくことになっている。本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。従者たちは近くの住民を脅して、飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。」
「当時はひとつの道に44人の地方行政官がおり、そのそれぞれに平均400人の部下がついていた。部下の仕事はもっぱら警察と税の取り立てで、その食事代だけをとってみても、ひとり月に2ドル、年に総額で39万2,400ドルかかる。総員1万7,600人のこの大集団は『生活給』をもらわず、究極的にくいものにされる以外なんの権利も特典もない農民から独自に『搾取』するのである。」
その方法をわかりやすく説明するために、南部のある村を例にとってみる。電信柱を立てねばならなくなり、道知事は各戸に穴あき銭一〇〇枚を要求した。郡守はそれを二〇〇枚に、また郡守の雑卒が二五〇枚に増やす。そして各戸が払った穴あき銭二五〇枚のうち五〇枚を雑卒が、一〇〇枚を郡守が受け取り、知事は残りの一〇〇枚を本来この金を徴収した目的のために使うのである。
こういった役得料を廃止し郡守を減給する勅令が最近発布された。徳川(トクチヨン:朝鮮の地名)の庁舎の荒廃ぶりと一般民の住まいの不潔さとみすぼらしさは、まさしくここにきわまれりといったところだった。(p.423-424)
気候はすばらしく、雨量は適度に多く、土壌は肥え、内乱と盗賊団は少ないとくれば、朝鮮人はかなり裕福でしあわせな国民であってもおかしくない。もしも「搾取」が、役所の雑卒による強制取り立てと官僚の悪弊が強力な手で阻止されたなら、そしてもしも地租が公正に課されて徴収され、法が不正の道具ではなく民衆を保護するものとなったなら、朝鮮の農民はまちがいなく日本の農民に負けず劣らず勤勉でしあわせになれるはずなのである。しかしこの「もしも」はあまりにも大きい! どんな産業分野にせよ、勤勉に働けば利益の得られることが保証されれば、無気力無関心な人々も変身するはずである。(p.432)
搾取の手段には強制労働、法廷税額の水増し、訴訟の際の賄賂要求、強制貸し付けなどがある。小金を貯めていると告げ口されようものなら、官僚がそれを貸せと言ってくる。貸せばたいがい元金も利子も返済されず、貸すのを断れば罪をでっちあげられて投獄され、本人あるいは身内が要求金額を用意しないかぎり笞〈むち〉で打たれる。こういった要求が日常茶飯に行われるため、冬のかなり厳しい朝鮮北部の農民は収穫が終わって二、三千枚の穴あき銭が手元に残ると、地面に穴を掘ってそれを埋め、水をそそいで凍らせた上に土をかける。そうして官僚と盗賊から守るのである。(p.433)
ホーマー・B・ハルバート『朝鮮滅亡』より

ホーマー・B・ハルバート『朝鮮亡滅 上―古き朝鮮の終幕』 岡田 丈夫 (翻訳)
ホーマー・B・ハルバート 1886年から91年にかけて李朝末期の韓国に滞在したアメリカのメソディスト派の宣教師で、ジャーナリストでもあり、歴史学者としても韓国研究で著名。
「裁判は金次第でどうにでもなり、多額の金を提供するか、裁判官を畏怖させるほどの有力者を後ろ盾に持っている事を見せつけるかした方が、必ず有利な判決にありつける事が世間一般の常識となっている。この国では富と官職とは、実際上は同意義である」
アーソン・グレブスト『悲劇の朝鮮』より
(両班は)人の目に労働と映ることなら、できる限りそれから遠ざかろうとする。自分の手で衣服を着てはいけないし、煙草の火も自分で点けてはいけない。そばに手伝ってくれる者がいない場合は別にして、馬の鞍に自力でのぼるべきではない」
「私は、十分に耕せそうな土地をほったらかしにしていながらも、飢えに苦しむ農民のさまが理解できなかった。『どうしてそれらの土地を耕さないのか』と聞いたところ、『耕せば耕すほど、税を取られるだけだ』という返事があった」