更新日 2014年08月17日
トップページ
朝鮮文化独特の思考様式『 恨 』(はん)
仏教の廃止により、苦しみや悲しみからの「精神の救済」ができない。
『宗教』の役割とは?
『宗教』は地域・年代・宗派により大きく異なるが、人々が「宗教」に求める事を簡単にまとめると、下記に示す内容になり、「宗教の役割」と置き換えて考える事が出来るだろう。
  • 「精神の救済」-苦境や悲しみに出会ったときにそれを慰める、癒す事が役割
  • 「モラルの育成」-生活する、生きて行く、ことで人としてしなければならないモラルを育成・維持する役割
『仏教』の教えとは?
『仏教』の教えも地域・年代・宗派により違いがあるが、インドの釈迦の教えから発生しているので、「四苦八苦の苦しみから、修行をすれば悟りの世界を開くことができる。」の教えは共通していると言えるだろう。その教えを四つに分けると下記になる。
  • 「諸行無常」-この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化する
  • 「諸法無我」-すべての存在には、主体とも呼べる「我」(が)がないことをいう。 諸行無常といわれるように、一切のものは時々刻々変化している。
  • 「涅槃寂静」-煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、静やかな安らぎの境地(寂静)である。
  • 「一切行苦」-輪廻転生の世界にあっておのれ(己)に関わりを有するものごと(行:現象としての事物)は、己にとっては苦である。
朝鮮半島で高麗時代まで栄えた『仏教』とは細部で異なるかもしれないが、基本部分は上記の教えと同じだろうし、『宗教』の役割として「精神の救済」を担っていたことは間違いがないであろう。
朝鮮半島では高麗時代まで『仏教』は擁護され栄えていた。
朝鮮半島への仏教の伝来は、高句麗へは372年に伝来し、百済へは384年に伝来、新羅では528年に公認された。これら三国においてはその後の律令制度の整備に伴い、国家建設の理念としての役割を果たすようになった点が特徴的である。特に新羅においては、護国仏教としての性格が強いのが特徴で、唐の侵攻に対し先頭に立って人民に徹底抗戦を促して、新羅の朝鮮半島統一に大きな影響を与えた。
朝鮮半島には高麗王朝が立つが、この時代にも仏教は保護された。しかし、新しく伝えられた禅と、従来から存在する教宗は、次第に対立する様相も呈した。「義天」の教えは天台宗に引き継がれ、「知訥」の教えは曹渓宗として引き継がれている。天台宗は高麗の王室をはじめとした上流階級に支持され、曹渓宗は一般民衆の間に浸透していった。高麗中期以降、仏教界はこの天台宗と曹渓宗が主流となっていたが、権力と結びついていた天台宗は次第に堕落し、徐々に上流階級からも批判されるようになって、李氏朝鮮時代の排仏運動と儒教の隆盛につながっていく。

仏教を護法した高麗朝時代(918年-1392年)に製作された高麗八萬大蔵経の版木。慶尚南道(現南朝鮮)の海印寺に所蔵されており、海印寺大蔵経板殿は1995年に国際連合教育科学文化機関(UNESCO)世界遺産に登録されている。
李氏朝鮮の時代に『崇儒廃仏』が進められる。
李氏朝鮮時代に入ると、一転して儒教が国教となったため、仏教は徹底的に弾圧された。初期には王族の保護を受けたが、士林派の集権で弾圧が強化された。僧は都の漢陽に入ることを禁止された上、賎民階級に身分を落とされた。また、全国に1万以上もあった寺院は幾度かの弾圧を受けて、禅宗18寺院・教宗18寺院の計36寺院を残し廃寺となり、朝鮮半島の仏教は著しく衰退した。

李氏朝鮮の時代に『崇儒廃仏』で寂れた寺・首の無い像