更新日 2014年08月17日
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朝鮮文化独特の思考様式『 恨 』(はん)
儒教が変質した朱子学を国学と定め、支配政治に利用した。
『儒教』とは?
儒教は孔子(前552~479)の教えを核として、後世にそれを継ぐ儒者達によって拡充された思想である。孔子は乱世の中国に生まれ、武力による覇権争いを治めるためには、人倫と政治の中心に「仁」を据えることによって平和を回復しようとしたのである。よって儒教は「修己治人之学」と言われ、倫理と政治の二つの面が連結しており、不可分である。孔子の徳治主義は、家族愛を根本におき、これを国家にまで発展させて天下を治めようという思想である。そして孔子の死後、発展・成長し、五常(仁、義、礼、智、信)を核とした、その人間関係、政治体系、人生のあり方を指し示す教えとして東アジア全般に広がり定着した。
この「仁」とは人間関係を表し、人間相互間の愛であるが、愛とは近親にあれば強く、遠くになるほど弱くなるものである。よって、序列のある差別愛のことを指し、宗教のような博愛や慈悲と言った無差別の愛ではない。つまり、儒教とは最初から差別を含んだものであり、皆が平等であるという思想ではないのである。
『朱子学』とは? 特権階級が幸福で有り続ける為の学問と言えるだろう
朱子学は朱熹によって系統づけられ、それまで「仁」が重要視されていた儒教に対し「礼」を最重要視するようになった。「礼」の関係は言わば上下関係であり、中国の皇帝が臣民を統治するために都合良く系統づけられた、支配のための教えである。儒教が必要となる国家は、国内が乱れ、国民が強い不満を持っていた。それを押さえ込むためにその儒教の教義を支配に利用したのである。
朱子学は13世紀には朝鮮に伝わり、朝鮮王朝の国家の統治理念として用いられた。
『仏教』は万物平等だから万人平等です。これでは専制君主(国王)と高級官僚(両班)を普通(民)とは違う特別の人間とする考えは保てない。だから、支配する為に邪魔であった仏教や陽明学などの儒教の別派を排除し、『崇儒廃仏』が徹底的に行われた。
両班は、朱子学を以て、朝鮮の政治も行政も文化も歴史も道徳も、全て思想的基盤として覆い尽くした。両班達は、知識人・道徳的指導者を独占して輩出し続け、自らを特権階層に発展させてきた。
朱子学は、特権階級が幸福で有り続ける為の学問と言えるだろう。

李退渓(イ・テゲ、1501年-1570年)は李氏朝鮮の儒学者。本名は李滉(イ・ファン)。
両班が『朱子学』を利用して作り上げた支配者の身分
『両班』は朝鮮において最高の身分であり、何をしても許されるものと信じ込んでいた。
国王と違い、貴族・特権階級に当たる彼らは自由に振る舞える立場であり、だから略奪や横暴なことをしても罪に問われなかったし、唯一無二の権力者だと疑わなかったのである。
両班は自身を神以上であると信じ、だからこそ両班には宗教を信じる者はいなかった。それほどの「完璧な身分」なのであるから、自分達がすることは完璧であり、何よりも優先され、誰からも崇められなければならず、間違いなどあるはずがない、となる。

『両班』は貴族では無い。官僚制度での役人予備群と考えると理解しやすい。
役職に就くために派閥を組み激しい権力闘争を繰り返してきた。
役職に就けないと収入が無いので、下層階級から摂取して生活していた。
『朱子学』でできた悪い制度
朱子学(上位者の下位者に対する苛烈な扱いを正当化する解釈)
朱子学では「七去之悪」(チルコジアク)が定められており、嫁いだ女性が婚家から追放される理由を七カ条に列挙しています。
  • 1.不順鼠姑(ブルスンクコ) 夫の父母に従わないこと。
  • 2.無子(ムジャ) 男児を産まないと嫁の資格を失った。
  • 3.淫行(オンヘン) 夫以外の男性と話すのはおろか、眺めるのも禁忌。
  • 4.嫉妬(チルト) 夫が妾を持っても嫉妬してはなら
  • 6.口舌(クソル) 口論したり他人を誹謗してはならない。
  • 7.盗竊(トチョク) 盗み。