更新日 2017年09月22日
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国家の謝罪
国家の謝罪 概要
国家は当然ながら多様な機能や活動を行う。国外に対しては主権国家として、国際社会の中で下記の事項を行う。
  • 条約を結ぶ・破棄する
  • 防衛する(戦争・紛争をして勝つ・負ける)
  • 謝罪する・謝罪を受ける
  • 賠償する・受ける
  • 数カ国で協議(サミットなど)
  • 戦争・紛争の仲裁
  • 災害などの支援
〔謝罪する・謝罪を受ける〕は外交の中でも非常に難しい事項である。国家間の謝罪は、過去の戦争・紛争に対して行われる場合がある。元々国家間に問題が有るから戦争・紛争が起きるのである。武力による勝ち負けで決着しても、元々あった問題が解決されるとは限らない。さらに、戦争・紛争行為で別の問題が発生する事もあるので、問題が複雑に重なり合うことが多い。また、謝罪の必要性や加害者・被害者の定義が曖昧となる。実際に国際社会では謝罪を行う事が非常に少ない。
米国ハーバード大学のマーサ・ミノー教授
『人間集団の謝罪を専門に研究』
人間集団の謝罪を専門に研究するハーバード大学のマーサ・ミノー教授は一連の論文で「国家対国家、あるいは国家対個人の謝罪という行為は1980年代以前は考えられなかった」と述べる。主権国家の政府は戦争で降伏し、非を認めて賠償を払いはしても「おわびします」とか「すみません」と心情を表明することはなかったというのだ。
だが同教授によれば、民主主義の強化で状況が変わり、国家が自国の国民に非を謝るようにはなった。レーガン大統領や先代ブッシュ大統領が第二次大戦中の日系米人の強制収容を謝り、クリントン大統領は米国のハワイ武力制圧を謝った。同大統領はさらに戦前、黒人男性600余人が公立研究施設で梅毒治療の人体実験に使われたことに謝罪した。だが米国が他国に謝罪した例はきわめて少ない。米国がフィリピンを武力で植民地にしたことは明白でも、謝罪はしていない。日本への原爆投下も同様だ。
他の諸国に目を転じてもイギリス政府がインドやビルマの植民地支配を公式に謝罪したという話は聞かない。フランス当局がベトナムやカンボジアの植民地統治自体を正式に謝ったという記録もない。
米国ウェスリアン大学のアシュラフ・ラシュディ教授
『罪ある時代の謝罪と忘却』
「対外的な謝罪は無意味に終わる場合が多いのだ。クリントン大統領が1998年にルワンダ大虐殺に対して米国が阻止の行動をとらなかったことを謝罪したが、その後の各地での虐殺になんの影響もなかった。謝罪は相手の許しを前提とするため、その謝罪のそもそもの原因となった行為の真の責任を曖昧にするマイナスの効果もある。さらには謝罪によって過去の歴史を一般に忘れさせるという結果も歓迎すべきかどうか、分からない」。
米国ダートマス大学のジェニファー・リンド助教授
『日本の歴史認識と東アジアの和解を考える―反動を誘発する謝罪路線の危うさ』
いかなる国であっても、多くの人が家族や家を失い、都市そのものが消失してしまうような凄惨な戦争の余波のなかで、自国の過去の行動を謝罪すべきだという提案が出てくると、国内で反動が起き、国論は二分される。戦後の西ドイツで謝罪路線への反動が「例外的に」小さかったのは、ドイツの統一とソビエトからの防衛という二つの外交上の大目標を実現する必要があったからだ。
日本、あるいは日本と同様の立場にあるその他の国は、「謝罪」と(過去の歴史を正当化し)「謝罪を否定する反動」の間の中道路線、つまり、アデナウアーがとったように、(謝罪ではなく)、過去の間違いを認め、一方で、未来志向のビジョンを示し、これらを自国の戦後の成果に対する誇りへと結びつける路線をとるべきだろう。この路線で東アジアの緊張が緩和されれば、自国だけでなく、世界が利益を得られるようなリーダーシップを日本は発揮できるようになる。
米国オークランド大学のジェーン・ヤマザキ講師
『第二次大戦への日本の謝罪』
ヤマザキ氏はミシガン州のオークランド大学の講師で、夫が日系人だが、本人は欧州系の白人である。2002年に同州のウェイン州立大学で日本現代史研究の博士号を取得し、日本での研究や留学の期間も長い。
ヤマザキ氏は同書でまず一般論として「主権国家が過去の自国の間違いや悪事を認め、対外的に謝ることは国際的には極めて稀だ」と述べる。国家が過去の好ましくない行動を謝罪しない実例として、「米国による奴隷制やインディアンの文化破壊、フィリピンの植民地統治、英国によるアヘン戦争、インド、ビルマの植民地支配」などを挙げていた。そして「現代世界では国家は謝罪しないのが普通であり、過去の過誤を正当化し、道義上の欠陥も認めないのが一般的だ」と記していた。
またヤマザキ氏は、もし国家が自国の過去の行為を謝罪すれば、次のような弊害が起きるとも論じるのだった。
  • 「過去の行動への謝罪は国際的にその国の道義的な立場を低くし、自己卑下となる」
  • 「国家謝罪はその国の現在の国民の自国への誇りを傷つける」
  • 「国家謝罪はもう自己を弁護できないその国の先人と未来の世代の両方の名声を傷つける」
『第二次大戦への日本の謝罪』は日本が1965年の日韓国交正常化以来、国家レベルで表明してきた各種の謝罪の内容をすべてすくい上げ、紹介している。日本の「過去の戦争、侵略、植民地支配」に関する天皇、首相、閣僚らによる謝罪をリストアップして、英訳しているのだが、総括として次のように日本の特殊性を強調していた。「主権国家が過去の自国の間違いや悪事をこれほどに認め、対外的に謝ることは国際的にみて、きわめて珍しい」。
「現代の国際社会では国家は原則として対外的には謝罪しないことが普通であり、大多数の国家は日本とは反対に、過去の過誤を正当化し、道義上の欠陥も認めない」。
ヤマザキ氏が紹介する「国際基準」に従えば、日本の場合、明らかに国家謝罪のしすぎ、ということになる。事実、同氏の書は日本のこれほどの謝罪努力も「失敗」と断じている。日本側にとってはなんとも痛い結論である。だが客観的にみても、日本の謝罪は、少なくとも成功ではないことはあまりに明白であろう。これほど国家謝罪を重ねてみても、なお「日本は十分に謝罪していない」という非難の矢が数多くの方面から放たれているからだ。国家謝罪が目的とする中国や韓国との関係も完全には改善されていない。日本側の謝罪の所期の目的は達成されていないのだ。
ヤマザキ氏は次の点をも指摘する。「謝罪が成功するには謝罪の受け手がそれを受け入れる用意があることが不可欠なのに、中国や韓国の側にはそもそも日本の謝罪を受け入れる意思がなく、歴史問題で日本と和解する意図もないといえる」。
後悔しても反省しない中国人 櫻井よしこ
『週刊新潮』 2012年7月12日号 日本ルネッサンス 第517回
櫻井よしこ氏のコラムです。概要とは違いますが、解りやすい内容なので抜粋させて頂きました。
過日、常磐線の「スーパーひたち」に乗るために上野駅に向かった。13時発の列車を待っていると、「大変ご迷惑をおかけします。大変申し訳ありません」という放送があった。人身事故発生で電車の到着が大幅に遅れ、折り返し運転も同様に遅れるという説明だった。
詳しい事情はわからないにしても、本当に気の毒だ。ホームにいたかなりの数の人々は皆、こうした事故や悲劇に思いを巡らせたことだろう。各々、携帯電話で必要な連絡をしたりし、静かに電車を待ち続けた。
結論からいうと、電車は30分余り遅れて出発したのだが、その間に幾度お詫び放送が繰り返されたことだろう。電車が発車してからも尚、これでもかというほど続いた。この明らかに過剰な謝罪に、やがて私は、居心地の悪さを感じ始めた。事故は必ずしもJR側の非で起こったのではないであろうに、なぜこうも「深くお詫びします」と、JR側が繰り返すのか。
こんなに謝る民族が日本の他に存在するのだろうか。ここまで謝っては、謝らない国だらけの国際社会ではどうなるのか。謝らない国々の中で不必要なまでに謝り続けるのは、謝罪の適正基準を超えて、精神の卑屈さ、物言えぬ怯えにつながるのではないかなどと考え始めてしまった。
国家は簡単に謝らない
 現実の世界では国家が謝罪を表明するというのは意外と珍しい。特に対外的な謝罪の表明は少ない。
米国がフィリピンを植民地にしていたことは歴史的な事実だ。植民地支配が現代の倫理で悪なことも現実である。だが米国政府はフィリピンの統治について謝罪はしていない。日本の広島と長崎への原爆投下も人道主義の観点からは邪悪な行為だろう。だが歴代の米国大統領は決して日本に原爆投下の謝罪はしていない。残酷な戦争の終わりを早めるために、むしろ必要だったという正当化の言葉を歴代大統領たちは明確に述べている。
米国の政府は国内での奴隷制について被害者の黒人たちに謝罪をしたということもない。原住民だったアメリカインディアンに謝ったこともない。個別のケースでの遺憾の意の表明や賠償の支払いはあっても、主権国家として政府から黒人やインディアンへの全体の謝罪はない。
英国がインドやビルマ(現ミャンマー)の植民地支配を政府として謝ったという話も聞かない。フランスがベトナムやカンボジアの植民地統治を謝罪したこともない。
要するに国家はそう簡単には謝らないのである。
人間集団の謝罪や許容について学問的に研究している米国ハーバード大学のマーサ・ミノー教授は以下のように解説している。
「人間の集団と集団、あるいは集団と個人の間での公式の謝罪という考え方は1980年代以前は米国でも、あるいは国際的にも、ほとんど提起されることがなかった。つまり国家から国家へ、国家から個人へ、という関係での謝罪という行為は現実にはまずなかったのだ」。
要するに国家が「ごめんなさい」とか「すみません」という言葉を述べることはなかった、というのである。ところがこの基本が1980年代から90年代にかけて、かなり変わってきたという。
80年代になって謝罪するようになった理由
 レーガン大統領も先代のブッシュ大統領も日系米人の戦時中の集団収容に謝罪した。クリントン大統領が米国のハワイ武力制圧を謝った。同大統領はさらに戦前、黒人男性600余人が公立研究施設で梅毒治療の人体実験に使われたことに謝罪した。
ドイツ政府はユダヤ人虐殺やチェコ侵攻を謝った。英国のブレア首相がアイルランドの「ジャガイモ飢饉」への自国政府の責任欠落を謝った。スイス政府は自国内のジプシーの子どもたちの強制集団養育を謝った。ローマ法王はユダヤ人や非キリスト教徒の虐待を謝罪した。実例はまだ多数ある。
数多くの主権国家が1980年代に入って謝罪をするようになった理由は、ミノー教授らの分析によると、民主主義の深化と拡大であり、テレビなどマスコミュニケーションの発達だという。
民主主義の成長は国家を国民と一体にさせた。両者の距離は減り、国家指導者の顔や声は国民一般にとって身近となった。政府が人間らしくなったのだ。ソ連や東欧の共産主義独裁政権が倒れたのは好例である。国民を弾圧する専制政権が崩れて、国民の心を代弁する民主政権が登場した。そして過去の政府の罪悪をまず国民に謝罪するところから新たな出発が始まった。この変化をテレビのようなマスコミの発達が大いに触発し、増強し、拡大したわけである。
しかしそれでもなお現代の主権国家はそう簡単には謝らない。対外的な謝罪となるとなおさらで、米国は特にその傾向が強い。戦争で負けたことがないという実績が他国からみれば独善とも映る傾向を強めるのだろう。奴隷制にしても、もし米国政府が謝罪すれば、その謝罪はアフリカ諸国に向けられたことともなりかねない。そのへんの米国の謝罪拒否について米国ウェスリアン大学のアシュラフ・ラシュディ教授は次のように語る。同教授は『罪ある時代の謝罪と忘却』という書の著者である。
「対外的な謝罪は無意味に終わる場合が多いのだ。クリントン大統領が1998年にルワンダ大虐殺に対して米国が阻止の行動をとらなかったことを謝罪したが、その後の各地での虐殺になんの影響もなかった。謝罪は相手の許しを前提とするため、その謝罪のそもそもの原因となった行為の真の責任を曖昧にするマイナスの効果もある。さらには謝罪によって過去の歴史を一般に忘れさせるという結果も歓迎すべきかどうか、分からない」。
謝罪にネガティブな米国
国ではそもそも自分たちが生きてはいなかった遠い過去の出来事に責任を負って、謝るという行為への抵抗が強い。リベラル派の政治評論家のリチャード・コーエン氏が奴隷制への謝罪の適否を論じて、以下のように主張していた。
「自分たちがなんのコントロールも持ちえなかった過去の行動や政策に対し、いまその罪を受け入れることはできない」。