更新日 2014年08月17日
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フランスのオランド大統領 アルジェリアを訪問 謝罪は無い
フランスのオランド大統領 アルジェリアを訪問
ランスの植民地支配から独立して50年の北アフリカのアルジェリアを、2012年12月20日フランスのオランド大統領がアルジェリアを公式訪問しました。フランスが植民地としてアルジェリアを支配下に置いたのは1830年。フランスを中心にヨーロッパから100万人を超える入植者が移り住んだといわれています。
第2次世界大戦後、特にアフリカで高まった民族自決運動の中、アルジェリアでも1954年に独立戦争がぼっ発。アルジェリア戦争と呼ばれ、8年近くで、双方あわせ100万人ともいわれる犠牲者が出ました。 特にフランスは、独立阻止のため市民への拷問など激しい弾圧を行っていたと非難を浴びました。 1962年、ようやく当時のフランスのドゴール政権が独立を認め、アルジェリアは晴れて独立国となりました。
その後は、フランスからアルジェリアへの経済支援が行われるなど、敵対的な関係は解消されましたが、過去に対するフランスからの謝罪がないことが両国間の大きなしこりとなっています。こうした中での注目されたオランド大統領の20日の演説でしたが、過去の過ちを認める一歩踏み込んだ発言を行ったものの、明確な謝罪の言葉はありませんでした。
アルジェリアの上下両院の議員を前にした演説の中でフランスのオランド大統領は、
「132年間、アルジェリアの人々は不当で粗暴な制度のもとに置かれた。その制度とは植民地支配のことだ。 私は植民地支配がアルジェリアの人々に苦痛を与えたことを認める。」
植民地時代に実際に起きた虐殺事件を挙げて、フランスの過ちを認めました。
歴代大統領よりも一歩踏み込んだ発言でしたが、明確な謝罪の言葉はありませんでした。
オランド大統領は演説の前日、『謝罪に来たわけではない。アルジェリア政府も謝罪を求めていない。』と期待値を上げないよう努めたんです。フランス社会には植民地支配を不当だったと認めても、国として謝罪することへの抵抗が強く残っています。 訪問前の世論調査でも、謝罪すべきと答えた人はわずか13%で、謝罪すべきでないとする人は35%でした。またフランスが謝罪するというならアルジェリア側も謝罪すべきと答えた人が26%いました。 独立戦争では、アルジェリア人の犠牲者がフランス側の犠牲者を大きく上回っていますが、アルジェリアに住んでいたフランスの市民も攻撃の対象になり多数の犠牲者が出ました。フランス側でも、50年前の戦争の傷が癒えていないことがわかります。


2012年12月20日 『謝罪に来たわけではない。アルジェリア政府も謝罪を求めていない。』

アルジェリア独立戦争(1954-62)で、フランス軍に殺されたアルジェリア人は、14万人です。フランス軍も3万人が戦死し、敗退しました。それでも謝罪はしない。