更新日 2014年08月17日
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ロシアのエリツィン大統領 日本を訪問 謝罪する
エリツィン大統領 日本兵・日本民間人の「シベリア抑留」について謝罪する
終戦後武装解除し投降した日本軍捕虜らを、ソ連が主にシベリアに労働力として移送隔離し、厳寒環境下で満足な食事や休養も与えられず、苛烈な労働を強要させられたことにより、多くの抑留者が死亡した。
このソ連の行為は、武装解除した日本兵の家庭への復帰を保証したポツダム宣言、レーニンに背くものであった。ロシアのエリツィン大統領は1993年10月に訪日した際、「非人間的な行為に対して謝罪の意を表する」と表明した。
1993年10月13日 エリツィン露大統領との共同記者会見における細川内閣総理大臣の冒頭発言
冒頭に私の方から発言をさせていただきます。
今般エリツィン大統領は、ロシア情勢が引き続き緊迫した状況の下に訪日されました。まずは、今般の悲劇による犠牲者に哀悼の意を表する次第です。私は、大統領の指導力の下で、真に国民の意思を反映する民主的で安定的な政治状況がロシアにおいて達成され、歴史的な改革が完遂されることを強く期待を致しております。
我が国は、ロシアの改革の成功が世界的な重要性を有することを踏まえ、一貫してエリツィン大統領の推進される改革努力を支持して参りました。私は、この場を借り改めてG7首脳を代表して、エリツィン大統領の改革路線を支持する旨を表明させていただきます。
日露両国関係の現在及び未来について忌憚のない意見交換をし、その成果は我々二人が今署名をした日露関係に関する東京宣言に結実されている。この宣言が示すとおり、エリツィン大統領と私は、日露間の最大の懸案である領土問題の解決と平和条約の締結について真剣な交渉を行って参りました。エリツイン大統領は、領土問題が存在し、これを必ず解決しなければならないとの決意を表明された。今後の領土問題の解決に向けて、新たに前進した交渉の基盤を確立することができたと考えているところであります。
エリツィン大統領は、シベリア抑留問題を全体主義の悪しき遺産と位置付けると共に、ロシア政府・国民を代表して、この非人間的な行為に対して謝罪の意を表明されました。また、抑留者の遺族の墓参に全面協力することを約されました。私は、このような大統領の発言を、日露両国民の精神的な和解の基礎を築くものとして高く評価をしたいと思っています。
今回の訪日は、日露関係に新たな一ページを開くことになったと受け止めています。日露両国は、更に活発な対話を継続して参ります。私は、エリツィン大統領より頂いたロシア連邦公式訪問への招待を喜んで受諾をしました。
衆議院議員鈴木宗男氏が、内閣に対する質問書を提出する。
2007年04月23日 ロシアの初代大統領のエリツィン元大統領が死去しました。
4月25日 モスクワでエリツィン大統領の国葬が行われる。アメリカからはブッシュ元大統領、クリントン前大統領、英国からはメージャー元首相、ドイツはケーラー大統領、欧州各国は外相と要人が出席している。日本からは斎藤大使が参列しただけであった。
産経新聞(25日)3面に、「日本からは『葬儀に間に合う商用便がなかった』(塩崎官房長官)との理由で斎藤泰雄大使の参列にとどまり、ロシアのメディアは驚きをもって受け止めている。」衆議院議員の鈴木宗雄氏から、
衆議院議員の鈴木宗雄氏から、内閣に対し「エリツィン前ロシア大統領の国葬への日本からの出席者に関する質問主意書」が4月26日に提出されている。
内閣総理大臣 安倍晋三総理が、次の様に答弁書で答えている。
内閣総理大臣 安倍晋三総理の答弁書で、謝罪の事実が明記されている。
衆議院議員鈴木宗男君提出エリツィン前ロシア大統領の逝去に関する質問に対する答弁書
  • 一について  ロシア連邦大統領総務局の発表によると、エリツィン・ロシア連邦初代大統領は平成十九年四月二十三日午後三時四十五分(現地時間)に逝去したと承知している。
  • 二及び三について  平成十九年四月二十三日にロシア国内にてエリツィン・ロシア連邦初代大統領の逝去に関するロシア連邦大統領府報道局の発表が現地報道機関によって報じられた。この報道に関する公電は、平成十九年四月二十三日午後十一時四十八分に外務省にて受信した。
  • 四について  御指摘の大使は、エリツィン・ロシア連邦初代大統領の逝去や葬儀に関する情報収集を指揮するとともに、平成十九年四月二十五日にロシア連邦外務省で弔問の記帳を行った後、モスクワ市内にて行われた葬儀に出席し、御遺族に対し直接弔意を伝えた。
  • 五について  エリツィン・ロシア連邦初代大統領は、千九百九十一年にソビエト社会主義共和国連邦が解体した際のロシア共和国の大統領であり、また、ロシア連邦初代大統領として、新生ロシアの改革路線を進める上で多大な努力を払ったと認識している。
  • 六について  我が国としては、チェチェン問題は、基本的にロシア連邦の国内問題と認識しており、ロシア側の適切な対応により、解決されるべきであるとの立場をとっていることから、お尋ねについて、政府として評価することは差し控えたい。
  • 七について  エリツィン・ロシア連邦初代大統領は、平成五年十月十三日付けの日露関係に関する東京宣言に署名する等、北方領土問題解決に向けた努力を行ったものと認識している。
  • 八について  いわゆるシベリア抑留に関し、エリツィン・ロシア連邦初代大統領は、平成五年十月の我が国への公式訪問の際、ロシア政府及びロシア国民を代表してこの非人間的な行為について謝罪の意を表明した。エリツィン・ロシア連邦初代大統領のこのような率直な発言は、日露両国民の精神的和解の基礎を築くものとして高く評価されるものと認識している。
1956年10月19日 日ソ共同宣言が締結される。
日ソ共同宣言(日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言)
1956年10月13日から19日までモスクワで,日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦の全権団の間で交渉が行われた。
日本国側からは,
  • 内閣総理大臣 鳩山一郎
  • 農林大臣   河野一郎
  • 衆議院議員  松本俊一
が参加し,
ソヴィエト社会主義共和国連邦側からは,
  • ソヴィエト連邦大臣会議議長
  • エヌ・ア・ブルガ-ニン
  • ソヴィエト連邦最高会議幹部会員
  • エヌ・エス・フルシチョフ
  • ソヴィエト連邦大臣会議議長第一代理
  • ア・イ・ミコヤン
  • ソヴィエト連邦第一外務次官
  • ア・ア・グロムィコ
  • ソヴィエト連邦外務次官
  • エヌ・テ・フェドレンコ
が参加した。
相互理解と協力のふん囲気のうちに行われた交渉を通じて,日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との相互関係について隔意のない広範な意見の交換が行われた。日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,両国間の外交関係の回復が極東における平和及び安全の利益に合致する両国間の理解と協力との発展に役だつものであることについて完全に意見が一致した。
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦の全権団の間で行われたこの交渉の結果,次の合意が成立した。
  • 1 日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の戦争状態は,この宣言が効力を生ずる日に終了し,両国の間に平和及び友好善隣関係が回復される。
  • 2 日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間に外交及び領事関係が回復される。両国は,大使の資格を有する外交使節を遅滞なく交換するものとする。また,両国は,外交機関を通じて,両国内におけるそれぞれの領事館の開設の問題を処理するものとする。
  • 3 日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,相互の関係において,国際連合憲章の諸原則,なかんずく同憲章第二条に掲げる次の原則を指針とすべきことを確認する。
  • (a)その国際紛争を,平和的手段によつて,国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように,解決すること。
  • (b)その国際関係において,武力による威嚇又は武力の行使は,いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも,また,国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むこと。
    日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,それぞれ他方の国が国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有することを確認する。
    日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,経済的,政治的又は思想的のいかなる理由であるとを問わず,直接間接に一方の国が他方の国の国内事項に干渉しないことを,相互に,約束する。
  • 4 ソヴィエト社会主義共和国連邦は,国際連合への加入に関する日本国の申請を支持するものとする。
  • 5 ソヴィエト社会主義共和国連邦において有罪の判決を受けたすべての日本人は,この共同宣言の効力発生とともに釈放され,日本国へ送還されるものとする。
    また,ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国の要請に基いて,消息不明の日本人について引き続き調査を行うものとする。
  • 6 ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。
    日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,千九百四十五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国,その団体及び国民のそれぞれ他方の国,その団体及び国民に対するすべての請求権を,相互に,放棄する。
  • 7 日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,その貿易,海運その他の通商の関係を安定したかつ友好的な基礎の上に置くために,条約又は協定を締結するための交渉をできる限りすみやかに開始することに同意する。
  • 8 千九百五十六年五月十四日にモスクワで署名された北西太平洋の公海における漁業に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の条約及び海上において遭難した人の救助のための協力に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の協定は,この宣言の効力発生と同時に効力を生ずる
    日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,魚類その他の海洋生物資源の保存及び合理的利用に関して日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦が有する利害関係を考慮し,協力の精神をもつて,漁業資源の保存及び発展並びに公海における漁猟の規制及び制限のための措置を執るものとする。
  • 9 日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,両国間に正常な外交関係が回復された後,平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。
     ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国の要請にこたえかつ日本国の利益を考慮して,歯舞諸島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし,これらの諸島は,日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。
  • 10 この共同宣言は,批准されなければならない。この共同宣言は,批准書の交換の日に効力を生ずる。批准書の交換は,できる限りすみやかに東京で行われなければならない。
以上の証拠として,下名の全権委員は,この共同宣言に署名した。
千九百五十六年十月十九日にモスクワで,ひとしく正文である日本語及びロシア語により本書二通を作成した。
日本国政府の委任により
鳩山一郎
河野一郎
松本俊一
ソヴィエト社会主義共和国連邦最高会議幹部会の委任により
N・ブルガ-ニン
D・シェピ-ロフ
日ソ共同宣言の第6条にて、日露双方とも賠償請求権を放棄する。
「シベリア抑留」については、謝罪が行われ、日ソ共同宣言で賠償請求権が放棄されている。
国際社会では、ロシア国のエリツィン大統領が公の場で謝罪を行い、日本国はそれを受け入れたので、謝罪が成立した事になる。賠償請求権も1956年の日ソ共同宣言で双方が放棄している。
日本ロシア両国が過去の出来事に囚われる事無く、これから築いていく未来を大切にすることが、日本ロシア両国に取って重要なの事だと解っているから、謝罪をし、それを受け入れたのです。そして、次の世代の為に、それを行なっておく責任が有る事を知っていたのである。
謝罪をする国は、最初から謝罪が受け入れられる事を前提に謝罪を行っている。謝罪を受ける国は、両国の間にある問題を過去の出来事として清算する事が、将来に向かい良好関係を築く事がより生産的で有る事を知っているからである。またそれを望むから謝罪を受け入れるのである。
シベリア抑留
「シベリア抑留」について

『ソ連領内の日本人収容所分布(昭和21年頃)』
資料:厚生省「満州・北朝・樺太・千島における日本人の日ソ開戦以後の概要」