更新日 2014年08月17日
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1900年頃の東京 電気・電話・電報
1871年 日本の郵便・電報

1874年 明治7年竣工の駅逓寮。翌明治8年1月に郵便役所の名称を郵便局に改める。日本橋の四日市(現・日本橋郵便局)
1871年 郵便事業開始
近代日本の郵便制度は前島密により東京~京都~大阪間の政府の手紙等の配達に毎年1500両支出していたのを政府の手紙配達に民間の手紙配達を併せて配達し利益を出す提案から1871年(明治4年)4月20日にイギリスから導入され、東京~大阪間62箇所の郵便取扱所で官吏が引き受け・管理・配送時間厳守で始まり、従来の飛脚が東京~大阪間144時間だったのを78時間に短縮した。翌1872年には全国展開が図られ、江戸時代に地域のまとめ役だった名主をほとんど無報酬で要請・任命し自宅を郵便取扱所として開放させ1873年(明治6年)には全国約1100箇所の名主が新たな国の役割を担える郵便取扱所として快諾した。飛脚やかごに取って代わる。

1971年 郵便切手の発行開始
郵便役所が3カ所、郵便取扱所は62カ所できる。郵便事業創業(東京と京都・大阪間に新式郵便の取り扱い開始)
1882年 日本の電気・電灯

1882年11月1日 電気事業の開始 銀座のアーク灯 当時の模様の錦絵です。東京銀座通電気燈建設之図
この街灯は、それまで行燈(あんどん)や提灯(ちょうちん)しか夜の照明がなかった日本で、はじめて灯された電気灯だったわけです。明るさは、ローソク4000本分です。おかげで銀座の町は、連日、見物客で大にぎわいになりました。
この電気街灯は、翌年には京都の祇園に、翌々年には大阪の道頓堀にも設置されました。もっともこの電気灯は、送電線で電力が供給されるタイプではなくて、その場に据え付けたバッテリーから電力を供給していました。バッテリーではなく、電力会社から電力の供給が始まったのは、明治19(1886)年です。
鹿鳴館に、日本で初めての「室内の電灯」が灯されました。これが明治20(1887)年1月のことです。次いで皇居に電灯が灯されました。それが明治22(1889)年1月6日です。さらに営業用に電灯がつかわれるようになったのが明治23(1890)年11月の、浅草/凌雲閣です。 その後、朝日新聞や、時事新報といった新聞社が電力の供給を受けるようになっていきました。
1894年 日本の電気・発電

1894年11月1日 日清戦争が始まると電力が不足し、東京電燈は集中発電所として浅草発電所(下写真)を完成させました。
日本で最初に誕生した電力会社は、明治19年(1886)設立された東京電燈で、火力発電所を日本橋茅場町や麹町など5か所に建設しました。その後、次々と電力会社が誕生し、神戸電燈(明治21年)、大阪電燈(22年)、京都電燈(22年)、名古屋電燈(22年)、品川電燈(23年)、横浜共同電燈(23年)、深川電燈(23年)、帝国電燈(24年)、熊本電燈(明治23年)などが火力発電所を建設しました。
明治27年(1894)、日清戦争が始まると電力が不足し、東京電燈は集中発電所として浅草発電所(下写真)を完成させました。浅草発電所の発電機は、石川島造船所が制作したもので、交流200kwでした。しかし故障が多く、ドイツのアルゲマイネ社の発電機を併用しました。この発電機が50サイクルで、同時期に大阪電燈が採用したGE社の発電機が60サイクルでした。この違いが現在まで続く日本の周波数の違いの起源となりました。
1890年 日本の電話

撮影年不明(1915年刊行の東京百建築にこの写真だ出ている) 京橋電話局
1890年12月16日 東京-横浜で電話サービス開始
1899年2月1日 わが国長距離通話のはじめ(東京~大阪間)
1899年 全国の電話加入者数が1万人を超えた。
1900年3月1日 札幌に電話が開通
1900年5月 関門海峡に初めて市外電話回線用として海底ケーブル敷設
1905年3月31日 東京~佐世保間長距離電話線開通(約1,550km)
1922年 全国の開通契約者数40万人を超える(東京8万)
1930年 全国の開通契約者数70万人を超える(東京10万)