更新日 2014年08月17日
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東京裁判 裁判での言語問題 ( 裁判長と主席検事の対立 )
11カ国の代表が集う東京裁判で、言語問題化クローズアップされた。
審理遅延の一因で、誤訳が多かった通訳
東京裁判では、公用語は英語と日本語と定められていた。それぞれの言葉を解しない判事、検事、弁護人、被告たちばかりではなく、傍聴席に着く人のためにも同時通訳の音声が流れるイヤホンが用意されている。
しかし、同時通訳は必ずしも正確ではなく、裁判の冒頭から誤訳が大きな問題となっていた。BC級の裁判では、「牛蒡(ごぼう)を食べさせた。」という言葉を「木の根を食べさせた」と訳してしまい、それが原因で捕虜虐待として死刑判決が出た例もあったほどだ。
裁判長と主席検事の対立を露呈させた。
それが露呈したのが、9月30日の仏印進駐段階での立証だった。フランス代表兼市のロベ・オネトがフランス語で論告を始めたのだ。それをウェッブ裁判長が遮り、英語で話すように指示を出す。しかし、オネトの英語が分かりづらいので、代理人を立てて 英語を使用するようにと命じた。
しかし、オネトはそれに従わず、「フランス語で書かれた論告原稿なので、英語に訳すには適当な言葉がない」と翌日の論告でもフランスを使用し続けた。裁判長が遮と、し「世界で最も美しい言語であるフランスを使うのは、フランス国民の義務である」となおもフランスを続ける。
そして、オネトの態度を見たキーマン首席検事が、思わず拍手をしてしまったのだ。キーナンとしてはオネトの愛国心を讃えたつもりだったがウェッブ裁判長はそれを、法廷を侮辱する行為であると捉えた。ここから、法廷では珍しく裁判長と首席検事の論争が始まっていく。
東京裁判条例には英語と日本語の使用を規定しているが、他の言語の使用を禁ずるという項目はない。というのが、キーナンの主張だった。対するウェッブは、フランス語の使用は審理の遅延を招くと反論。この論争に弁護人の清瀬一郎も加わり、一時は法廷内が騒然となる。それを激昂したウェッブが、突如として休廷を宣言する一幕もあった。
結局、フランス語の使用を認めるということで、論争は決着がついたが、この言語問題はウェッブ裁判長とキーナン首席検事の間に深刻な対立があるということを露呈させた。
同じ「戦勝国」から参加しているウェッブとキーナンではあったが、必ずしも彼らが手を組んでいたというわけではなかった。ウェッブは以前から、キーナンがこの法廷がアメリカ主導のものであるという態度を際立たせることを、快く思っていなかった。キーナンとしては、この時のようなウェッブの融通の効かなさを、頑固者として嫌っていた。憎悪に近いほど反目し合った二人は、この後も対立を深めていくこととなる。
極東国際軍事裁判(東京裁判)の裁判官・検事の人選
「ニュルンベルク裁判」と「東京裁判」の唯一、かつ最大の相違は、「裁判が完全にマッカーサー元帥の管理下に置かれた」点にある。
裁判には米、英、ソ、中国、蘭、ニュージーランド、加、豪、後に印、比が参加し、それぞれに判事・検事を送ってきているが、各国の「戦犯」特に天皇に対する態度は一致してはいなかった。
しかし米国はすでに、天皇を戦犯法廷に引き出さない方針を定めていたのです。
その対策として、首席検察官は米国のキーナン検事としたものの、裁判長も米国人にしたのでは、あまりにも「米国色」が強すぎる。
そこで連合国の裁判という体裁の為、オーストラリア代表判事のウェッブを裁判長に選んだと言われている。

オーストラリアのウェッブを裁判長 と 米国のキーナン首席検事