更新日 2014年08月17日
トップページ
東京裁判 裁判所の管轄権に対する動議
清瀬一郎弁護人 裁判所の管轄権に対する動議 1945年5月13日
清瀬一郎弁護人 裁判所の管轄権に対する動議 発言内容
「それでは、かねて提出いたしておきました当裁判所の管轄に関する動議に説明をいたさせていただきます。」
「その第一は、当裁判所においては、平和に対する罪、また人道に対する罪につきお裁きになる権限がないということであります。いうまでもなく、当裁判所は連合国が1945年七月二十六日ポツダムにおいて発しました降伏勧告の宣言、その中に連合国の俘虜に対して残虐行為をなしたるものを含むすべての戦争犯罪者に対しては峻厳なる裁判が行われるべし、という条規が根源であります。このポツダム宣言は同年九月二日東京湾において調印された降伏文書によって確認受諾されたのであります。
それ故に、ポツダム宣言の条項は我が国を拘束するのみならず、ある意味においては連合国もまたその拘束を受けるものでありまして、すなわちこの裁判所は、ポツダム条項において戦争犯罪人と称する者に対する起訴は受けることができますが、同条項で戦争犯罪人と称せざる者の裁判を行う権限はないのであります。
本法廷の憲章においては、平和に対する罪乃至人道に対する罪という明文はありますけれども、連合国においてかくの如き罪に対する起訴を為す権限がなければ連合国から権限を移譲された最高司令官はやはりその権限はないのであります。自己の有せざる権限は他人に与うること能わず法律上の格言は国際条規の解釈の上でにおいてもまた同様であります。それ故に我々はここに冷静に厳格にポツダム宣言において戦争犯罪人と称するものの意義、限度を決めてかからねばなりませぬ。
しかも、この意味は、今日われわれが考えている言葉ではなくて、1945年七月二十六日を限度としてその日を境としてこの宣言を発したところの国、この宣言を受けたところの国、において戦争犯罪とは何を考えられていたか、ということを決めなければなりませぬ。
その当時まで世界各国において知られておった戦争犯罪ということの意味は、結局戦争の法規、関連を犯した罪という意味であります。その実例として多く挙げられておるものは、交戦者の戦争法規の違反が一つ、非交戦者の戦争行為が一つ、掠奪が一つ、間諜および戦時叛逆この四つが戦争犯罪の典型的なものであります。この法廷にはイギリスの裁判官もおいでになりますが、イギリスの戦争法規提要第四四一条には明らかにワー・クライムと戦争犯罪の定義を掲げております。
また次の条には戦争犯罪の種類をあげておりまして、この種類は今あげた四つであります。ひとり、イギリスの戦争法規提要だけではありませぬ。他の国において通用する言葉はすべて今申す通りのようでありまして、平和に対する罪、すなわちその戦争の性質が如何でありましても、戦争自体を計画すること、プラン、準備すること、プレパレーション、始めること、イニシエーティングおよび戦争それ自体、すなわちウェイジ・オブ・ウォーそれ自体を罪とするということは1945年七月当時の文明国共通の観念ではないのであります。
学識豊富なる裁判官各位は、国際公法の著書についてはすでに充分ご検討相成ったことと存じます。世間によく読まれているかの有名なオッペンハイムの著書でも、またホールの著書でも、戦争犯罪に戦争を始めること、これを戦争犯罪とはいっておりませぬ。我が国の立作太郎博士、信夫淳平博士の著書でも、戦争犯罪はことごとく戦争の法規慣例これに違反しているものであると申しまして、その例証も分け方によって五つに分けているのもありますが、実際において英国のマニュアルと同一であります。
本法廷憲章の発布された一月十九日、マックアーサー元帥の特別命令のなかに、連合国は随時戦争犯罪者を罰する旨を宣言したということが載っております。この宣言もやはり我が国に対する宣言と解釈するの他ありませぬ。しかしドイツに対する宣言、ヨーロッパ枢軸国に対する宣言を日本に当てはめるわけには行きませぬ。ドイツに対し、モスコー、あるいはヤルタ、これらの会議でどう宣言せられようとも我が日本に対しその宣言を適用するという理由は断じてありませぬ。裁判長、ここが私は非常に大切なことと思います。ドイツと我が国とは、降伏の仕方がちがっている。ドイツは最後まで抵抗してヒットラーも戦死し、ゲーリングも戦列を離れ、ついに崩壊して全く文字通りの無条件降伏をしました。それ故に、ドイツの戦争犯罪人に対しては、連合国はもし極端にいうことを許されるならば、裁判をしないで処罰することまでもなし得たかもわかりませぬ。
我が国においては、まだ連合国が日本本土に上陸しないあいだにポツダム宣言が発せられ、その第五条には、連合国政府はわれわれもまたこれを守るであろうという条件で………この条件は連合軍も守るであろうということで、我が国に対して宣言を発し、我が国はこれを受諾したのであります。それゆえに、ニュールンベルグにおける裁判で、平和に対する罪、人道に対する罪を起訴しているからといって、それを直ちに類推して極東に持ってゆくということは、絶対の間違いであります。
我が国においては、今申した来歴でポツダム宣言という一つの条件付、かりに民事法の言葉を借りますれば、一つの申込、オッファーについた条件であるのであります。それを受諾したのでありますから、連合国といえどもこれらを守らなければならぬ。連合国におかれては、今回の戦争の目的の一つが国際法の尊重であることをいわれております。
されば国際公法の上から見て、ワー・クライム、というものの範囲を超越せられるというようなことはまさか無かろうと、われわれは固く信じておったのであります。日本国民も左様に信じ、その受諾を決しました。当時の鈴木貫太郎内閣においても、この条件の一つである戦争犯罪人の処罰というものは、世界共通の言葉、よく決まった熟語、それで罰せられたものだ、と思って受諾している。受諾してしまうと、当時とはちがう他の罪を持ち出してこれを起訴するということは、いかがなものでありましょう。(下略)」
[ 図説 東京裁判 ] 河出書房新社 太平洋戦争研究会=編 平塚柾緒=著 60~61ページ
管轄権問題についてのJ・ファーネス(米国人弁護士)の補足動議
1945年5月14日
管轄権問題についてのJ・ファーネス(米国人弁護士)の補足動議 発言内容
「この裁判の判事は全て戦勝国の代表のみによって構成されている。検事もそうである。我々は、各判事、検事が公正であっても、任命の事情によっては、決して公正では有り得ないと主張する。なぜならこれらの国々が本起訴の原告でもあるからである。この裁判は今日においても、また今後の歴史においても、公正ではない、合法ではないという批判を免れないであろう。被告に対し法律に適った公正なる裁判を施行するには、中立国の代表によって構成される判事・検事でなければならない。なぜなら中立国は戦争の熱情と憎悪から脱しているからだ。こういう国の代表者によって裁かれてこそ、合法的で公正な裁判という事が出来る。」
管轄権問題についてのブレークニー(米国人弁護士)の補足動議
1945年5月14日

1946年5月14日 管轄権問題についてのブレークニー(米国人弁護士)の補足動議

【 YouTube 】1946年5月14日 J・ファーネス(米国人弁護士)・ブレークニー(米国人弁護士)の補足動議
管轄権問題についてのブレークニー(米国人弁護士)の補足動議 発言内容
戦争は犯罪ではない。
戦争法規があることが戦争の合法性を示す証拠である。
戦争の開始、通告、戦闘の方法、終結を決める法規も戦争自体が非合法ならまったく無意味。
国際法は国家利益追及の為に行なう戦争をこれまでに非合法とみなしたことはない。
歴史を振り返ってみても、戦争の計画、遂行が法廷において犯罪として裁かれたためしはない。
我々はこの裁判で新しい法律を打ち立てようとする検察側の抱負を承知している。
しかし、そういう試みこそが新しくより高い法の実現を妨げるのではないか。
平和に対する罪と名付けられた訴因は、ゆえに当法廷より却下されねばならない
国家の行為である戦争の個人責任を問うことは法律的に誤りである。
なぜならば国際法は国家に対して適用されるものであり、個人に対してではない。
個人による戦争行為という新しい犯罪をこの法廷が裁くのは誤りである
戦争はどんな戦争であれ犯罪ではない。
まして戦争に伴なう人命殺傷は犯罪者の殺人と違う。
それは殺人罪ではない。戦争が合法だからである。
つまり合法的な人殺しなのだ。
殺人行為の正当化である。
例え嫌悪すべき行為でも犯罪としての責任は問われない。
これを問うことは、戦勝国の殺人は合法的だが、敗戦国の殺人は非合法だというのに等しい
  【 日本における裁判速記録においては以下通訳なしとなっている 】
もしキット提督の死が真珠湾空襲による殺人罪になるならば、我々は広島上空に原爆を投下した者の名前をあげることができる。
投下を計画した者の名前をあげることができる。
投下を計画した参謀長の名を承知している。
その国の元首の名前も我々は承知している。
彼らは殺人罪を意識したか・・・してはいまい。我々もそう思う。
それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからである。
何の罪科でいかなる証拠で戦争による殺人が違法なのか。
原爆を投下したものがいる。
この投下を計画し、その実行を命じ、それを黙認したものがいる。
その人たちが裁いている。
・・・彼らも殺人者ではないか
 「この裁判の判事は全て戦勝国の代表のみによって構成されている。検事もそうである。我々は、各判事、検事が公正であっても、任命の事情によっては、決して公正では有り得ないと主張する。なぜならこれらの国々が本起訴の原告でもあるからである。この裁判は今日においても、また今後の歴史においても、公正ではない、合法ではないという批判を免れないであろう。被告に対し法律に適った公正なる裁判を施行するには、中立国の代表によって構成される判事・検事でなければならない。なぜなら中立国は戦争の熱情と憎悪から脱しているからだ。こういう国の代表者によって裁かれてこそ、合法的で公正な裁判という事が出来る。」
ポツダム宣言の第10条を無視し、
『 事後法 』の「平和に対する罪」「人道に対する罪」で裁こうとする。
清瀬一郎弁護人 「平和に対する罪」「人道に対する罪」で裁く根拠を求める
日本はポツダム宣言の条件にしたがって降伏した「有条件降伏」なので、同宣言10条の「我々の国の捕虜を虐待した者を含む戦争犯罪人」だけが対象になる。それゆえ、ポツダム宣言の後に作られた「平和に対する罪」、「人道に対する罪」という「戦争犯罪」は日本には適用できないものだが、その適用できない罪で裁いた。
清瀬弁護士は、裁判の冒頭、「平和に対する罪」、「人道に対する罪」で裁くというのなら、その管轄権(裁判を行なう権限がどこから来たか、誰がどうして裁判ができるのか、という根拠の所在のこと)はどこにあるのか、と異議申し立てをした。これに対して裁判長のウェッブは答えようがなかった。根拠などどこにもなかったからだ。この異議申し立てによって裁判は閉廷し、数日間休廷となってしまった。その間に裁判官による会議が行なわれ、再び開廷となったときにウェッブは、「弁護側の異議はこれを却下する。却下の理由は後に説明する」という馬鹿げた答えだった。裁判の管轄権について何も答えを出さないまま裁判を進行させるというのである。管轄権を明らかにできないのはリンチと同じである。管轄権がない裁判は裁判ではない。だから裁判の進行の途中でも、アメリカ人弁護人のデービッド・スミスは「管轄権も明らかにできない裁判は進行してはいけない」と抗議し、裁判を白紙に戻すよう求めた。しかし、ウェッブはこの訴えも却下してしまった。要するに裁判になっていないのであった。
南條岳彦氏の「 昭和の大戦争 」より、東京裁判の模様を抜粋。
南條岳彦氏の「 昭和の大戦争 」より、東京裁判の模様を抜粋。 1945年5月13日の模様
5月13日の法廷で、清瀬弁護士は提出ずみの妨訴抗弁書にもとづき、法廷に与えられた裁判管轄権の問題を指摘した。日本がポッダム宣言を受諾して降伏した以上、ポッダム宣言に定められた条件には従うが、それ以上のものには服する義務はない。ポッダム宣言第10条に明言してある「我らの俘虜を虐待した者をふくむ戦争犯罪人」つまり宣言発表時に知られた戦争犯罪である戦争法規違反者だけが対象者で、極東裁判の「平和に対する罪」「戦争犯罪」「人道に対する罪」は、先に降伏した日本の同盟国ドイツの戦争犯罪を裁くためのニュールンベルグ裁判のために考えられた罪名で、日本がポッダム宣言を受諾したときには存在しなかった罪名である。特定の行為が実行されたときに法律が存在しなければその行為は裁けない。いわゆる〝事後法の禁止〟は法理論の原則である。清瀬弁護士は、遡及処罰は禁止されている、と語気鋭く追及した。さらに、張鼓峰事件、ノモンハン事件は侵略戦ではない国境紛争で、すでに決着していると強く主張した。またタイ国は、戦争中は日本の同盟国で日本との戦闘はなく、日本の戦争犯罪は存在しない、と清瀬は陳述台を叩きながら熱弁をふるった。
清瀬の弁論に興奮したキーナンは、清瀬の発言に割り込むように異議を申し立てていたが、休憩後に陳述台に立ち「我々11か国は、莫大な損害を受けたのに、この野蛮行為や略奪行為にたいして責任を持つ者を罰することができないのか」と感情をあらわに反駁した。3時間半に及ぶキーナンの興奮した反論につづいて、英国のコミンズ・カー検事が「彼らがこの裁判に反対というなら、起訴された28人は戦争犯罪人には含まれないことを確認しておけばよかったじゃないか」筋ちがいの嫌味の詭弁を述べた。
清瀬は憤然として発言を求め、両検事の主張を厳しく攻撃した。
「両検事は、ともに文明の擁護のための裁判とおっしゃるが、条約の尊重、裁判の公正は文明のカテゴリーにはふくまれないのでしょうか」となおも食い下がる清瀬に、ウエップは討論打ち切りを宣言した。
ドイツの戦争犯罪を裁くニュールンベルグ法廷は、連合各国から選ばれた判事たちが互選で裁判長を選び、相談しながら日本の降伏後に法廷を運営した。
極東裁判は、マッカーサーが任命した裁判長と主席検事が、ドイツの戦争犯罪を裁くニュールンベルグ裁判憲章を参考に、GHQの裁判とした。清瀬の、日本がポッダム宣言を受諾したときには存在しなかった「平和に対する罪」は万国共通に忌避される事後法で、当法廷は管轄権を有しないとの主張には、11人の判事の中には共鳴する裁判官もいて、ウエップは討論打ち切りを宣言しながらも、後日検討すると判断を先送りした。