更新日 2014年08月17日
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東京裁判の特殊性
「 罪刑法定主義 」 に反する裁判
「 罪刑法定主義 」 の説明
「 罪刑法定主義 」 は、ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令(議会制定法を中心とする法体系)において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならないとする原則のことをいう。
「 罪刑法定主義 」 の根拠 ・ メリット
自由主義・民主主義の原理が「 罪刑法定主義 」の根拠となっている。
  • どのような行為が犯罪に当たるかを国民にあらかじめ知らせることによって、それ以外の活動が自由であることを保障することが、自由主義の原理から要請される。
  • 何を罪とし、その罪に対しどのような刑を科すかについては、国民の代表者で組織される国会によって定め、国民の意思を反映させることが、民主主義の原理から要請される。
「 罪刑法定主義 」が、日本で採用されるのは明治時代の旧刑法施行以後のことであり、大陸法の影響を受けた明治憲法(第23条)や、現行の日本国憲法(第31条、第39条)には罪刑法定主義に該当する条文が存在する。
「 罪刑法定主義 」 のデメリット
「 罪刑法定主義 」 のデメリットは、従来の法律が想定していた可能性を超えた態様の悪意のある事件が発生した場合に、法律規定から処罰が難しかったり刑罰に上限が出来てしまい、悪質だが処罰が難しかったり厳罰にすることができない、という点についてこれを柔軟に処罰することができない。
「 罪刑法定主義 」 の対比は、「 罪刑専断主義 」
「 罪刑法定主義 」 に対比するシステムが「 罪刑専断主義 」である。
「 罪刑専断主義 」では、犯罪行為の行われた時点では成文法で禁止されていない行為、または、判例上も犯罪として認知されていなかった行為であっても、裁判の結果としてコモン・ロー上の犯罪として処罰されることがあり得る。
英米法として現在でも、イギリスやアメリカの多くの法域において維持されている。
「 法律不遡及(ふそきゅう)の原則 」 に反する裁判
「 法律不遡及(ふそきゅう)の原則 」の説明
大陸法、英米法どちらにおいても採用された原則であり、「国家権力によって後付けで何でもあり」になってしまう事態を防止する原則である。フランス人権宣言第8条にその原型がある。又、アメリカ合衆国憲法第1条第9節ならびにドイツ連邦共和国憲法第103条2項に規定がある。戦後日本では、刑法の自由保障機能(罪刑法定主義)の要請によって認められた原則である。
但し、この原則は、刑事被告人の利益のためのものであるため、刑事被告人に有利になる場合は、この限りでない(例えば、行為後に法定刑が軽減された場合、軽い方の刑に処せられる。例として、尊属殺人罪の廃止、犯行時の死刑適用年齢が16歳だったのを18歳へ引き上げ、死刑制度廃止前に死刑になる犯罪を犯した場合などが挙げられる)。
法の不遡及に反するという指摘がある近現代の立法例・裁判例
【 戦犯法廷 】
第二次世界大戦以前においては、国家機関として行為した個人には、刑事免責が認められるとされていた(国家行為の法理)が、第二次世界大戦の敗戦国の指導者達には、この国家行為の法理は適用されず、犯罪者として刑事責任に問われたため、この処置は法の不遡及に反するという指摘もなされている。
  • ニュルンベルク裁判(ドイツ)
  • 東京裁判(日本)
  • アイヒマン裁判(イスラエル)
【 大韓民国 】
大韓民国憲法第13条1項において、罪刑法定主義が採用され、第13条2項において遡及立法による財産の剥奪も禁じられているが、以下の法律が施行され、適用(私財の国家への没収、追徴、死刑判決(全斗煥,後に特赦)など)が行われている。
  • 日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法
  • 親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法
  • 反民族行為処罰法
  • 光州事件特別法 - 「大統領に限って時効は成立しない」との特別法を制定し、光州事件に関連する前職大統領2人全斗煥、盧泰愚に対し遡及して罪を課した。
【 新規の禁止 】
武器・ドラッグ・ポルノグラフィなどの禁止は、常に強まる傾向があり、その場合、過去に合法的に入手した財産を破棄させられる。それを没収とみなせば法の不遡及に背くとも考えられるが、日本でもそれ以外の国でも問題なく施行されている。
また、アメリカ合衆国における禁酒法のように、法の施行前から所持していた酒の摂取を禁止しなかったことが一因で、法の効力が大きく低下して法が廃止に至った例もある。野球の反則投球の一つにスピットボール(ボールにツバをつける)があるが、1920年にアメリカ大リーグでこれが禁止された際、その時点でスピットボールを得意にしていた投手には引退まで使用が認められている。
【 戦後日本 】
日本においても法の不遡及原則が採用されており、憲法、刑法、刑事訴訟法にそれぞれ規定がある。まず、日本国憲法第39条前段に規定されている。この規定を受け、刑法6条に犯罪後の法律によって刑の変更があった場合、その軽い刑によって処罰するとの規定が設けられた。判決前に法改正によって刑が廃止された場合には、免訴の言い渡しがされる(刑事訴訟法第337条第2号)。判決があった後に刑の廃止、変更または大赦があった場合には、それを理由として控訴申し立てができる(刑事訴訟法第383条第2号)。また、再審事由ともなる(刑事訴訟法第435条)。
「 法の下の不平等 」 に反する裁判
「 法の下の不平等 」 の説明
「 法の下の平等 」とは、国民1人1人が国家との法的権利・義務の関係において等しく扱われなければならないという憲法上の原則のことである。日本においては憲法第14条に規定がある。
軍政・軍令の責任者や統帥権についての差
東京裁判で被告人の選定については軍政の責任者が選ばれていて、軍令の責任者や統帥権を自在に利用した参謀や高級軍人が選ばれていないことに特徴があった。理由として、統帥権を持っていた天皇は免訴されることが決まっていたために、統帥に連なる軍人を法廷に出せば天皇の責任が論じられる恐れがあり、マッカーサーはそれを恐れて被告人に選ばなかったのではないかと保阪正康は指摘している。
保阪は軍令の責任者を出さなかったことが玉砕など日本軍の非合理的な戦略を白日の下に晒す機会を失い、裁判を極めて変則的なものにしたとも指摘している。
天皇の訴追回避については、「マッカーサーのアメリカ国内の立場が悪くなるので避けたい」というGHQの意向が、軍事補佐官ボナー・フェラーズ准将より裁判の事前折衝にあたっていた米内光政に裁判前にもたらされている。
判事(裁判官)の選出が公平であったか?
判事(裁判官)については中華民国から派遣された梅汝敖判事が自国において裁判官の職を持つ者ではなかったこと、ソビエト連邦のI・M・ザリヤノフ判事とフランスのアンリー・ベルナール判事が法廷の公用語である日本語と英語のどちらも使うことができなかったことなどから、この裁判の判事の人選が適格だったかどうかを疑問視する声もある。
A級戦犯として起訴され、有罪判決を受けた重光葵は「私がモスクワで見た政治的の軍事裁判と、何等異るなき独裁刑である」と評している。
A級戦犯容疑者として逮捕されたが、長期の勾留後不起訴となった岸信介や笹川良一らについても、有罪判決を受けていないにも関わらず、日本国内の左翼系メディアや言論人のみならず欧米にさえ今日に至るまで「A級戦犯」と誤って、もしくは意図的に呼ぶ例が少なからず見受けられる。こうした用語法は、連合国の国民のみならず日本国民においてさえ、この裁判をめぐる議論において、「初めに有罪ありき」の前提で考える人が少なくないことを示しており、東京裁判肯定論、ひいては裁判そのものに対する不信感を醸成している。