更新日 2017年09月22日
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東京裁判 当サイトの管理人の考え方
管理人の考え方
東京裁判は、ポツダム宣言・サンフランシスコ講和条約と大きく関係しているので、非常に難しく大きなテーマに成っています。このテーマについて私の考えはまだ纏まっていませんが、時間をかけて勉強を重ねたいと思います。私なりに正しいと思った事をその都度追加して行きます。
東京裁判の勉強を始めてから1か月経ちますが、今解っている事は、「東京裁判は、裁判では無い!」という事ですね。東京裁判を理解しようと努めますが、考え方の重心を「裁判」にすると理解できないことばかりです。 これは司法について知識の少ない私でも「東京裁判」が、公正・中立には行わなけれてはいない事は解ります。東京裁判の事を「裁判」として理解する事はできませんが、戦勝国の国益を守る為に、又は、報復を行うパフォーマンスと考えると理解する事ができます。
サンフランシスコ講和条約の第11条を解釈する為には、まず東京裁判を勉強しなければなりません。講和条約を締結したという事は、東京裁判の全てを認めた事になるのか、又は判決だけを受け入れて、弁護人と検察が争った事実認定は受け入れないのか・・・!? それらの解釈によって、第25条の解釈が違ってきます。 この辺のことをじっくり勉強していきたいと思います。
私(管理人)の理想論ですが、『敗戦国が敗戦国を裁く』事が出来なかったのか? と思いますね。
原告は敗戦国の国民です。被告は戦争に導いた施政者・軍人・企業・報道者・などになります。裁判官は敗戦国の司法界の重鎮が行う。日本の場合は、戦争中でも司法の独立は保たれていましたので、日本国の司法界の重鎮が裁判官でも正しい判決を出す事は出来たと思います。
しかし、司法権が独立できていない場合は、中立国の司法関係者の代表団が判事となり裁く。そして、これを全てフルオープンで情報公開する。